うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

治療「オランザピンがいつの間にか復活した」

 処方薬にオランザピンが復活した。いつの間にか。というか最近どうもおかしくて、まあいろいろあって、記憶がアレなので、まあ、まあ。

 最近はあまりまともに食べられていないんだけれども、オランザピンのおかげか、体重がもとにもどった。いまのところプラマイゼロ。しかし、こういう太りかたっていうのはいいんだろうか。健全なのか。健全な太りかたとはなにか。わからんね。

 

 いまはイフェクサーランドセン、フィコンパとオランザピンに漢方薬を飲んでいる。主治医はなんか減らせないかなと言っているけれどもよくわからん。不安な気持ちは消えない。

 安心できる時間が、ところが、あればいいんだけど、と主治医はくりかえし言うけれども、そんな時間も場所も、ものごころついたときからなかった。わたしはいつでも家庭で異物ある自分から逃げられなかった。学校に行くことで、家から離れることで、なにかに熱中することで、現実逃避はできる。でもそれはとても労力がいる。楽しむことにはエネルギーがいると思う。エネルギーをつかうことと、安心するということは、たぶん相反しているのではないかと考える。エネルギーをつかわずに、無防備でいられるとき、ところ、想像もつかない。

 甘ったれているんだ。という声がどっかからする。このままでいるのが楽だから。働かなくていいから。そうしなくても食っていけるから、病気のふりをつづけてるんだ。親のせいだとか、他人のせいにして、安楽をむさぼっているだけだ。安心できないというのも、そうでなければ病気ではないから、自分からそう急き立てているんだ。つまり、自作自演なんだと。

 わたしはそもそも自分がうつ病だということが、あるいはPTSDだということが、ほんとうなのかどうかもよくわからない。ふたりの医師にはそう診断された。でもそれは検査結果とかじゃなく、単なる診察の結果によるものだ。単に、それっぽい症状を訴えるからうつ病だと言われているだけだ。

 光トポグラフィー検査というのがあって、それをつかうと、ある程度うつ病であるかないかの可能性をみきわめることができるらしい。ぜひ受けてみたいものだが、でも、うけたところでなんなんだろうな。うつ病じゃないから、通院はもう打ち切って、働き始めましょうとなるだろうか。よくわからない。現状の苦しさとかが病気じゃなくてただの性格によるものならば、治療などさっさと打ち切って、就労をめざすべきだろう。しかし、病気じゃなくて、性格なのだったら、もう治る見込みなどないのだし、無理に社会に入っていって他人に迷惑をかけるより、なにより、死んでしまったほうが正解のような気もする。

 かといって、病気だとはっきりわかったとして、なんなんだというのもある。病気だけど、薬を飲んでも治らない。悪化している部分もある。仮になおったとしてもそれは寛解であって、再発率は高い。死んでしまうほうが正解ではないか。

 

 なんだかよくわからない。あとこのブログでかくしごとをするのはめんどうなので言ってしまうと、解離性同一障害のような症状が出ているらしいことがわかった。これについても懐疑的だ。昔からあった症状ではある。いつの間にか飛ぶ時間とか、だれかがいるような感覚とか、自分のからだが動くのをただ見ている感覚だとか。でも、そういうのは気持ち悪いって、病気のふりをするなって、そういわれたからやめたんだ。やめたというか……なんといえばいいんだろう、彼らのちからを借りずに生きようとしたんだ。でも最近はどうもだめだ。通院を4回、二か月分、彼らに肩代わりしてもらっている。わたしの無意識の演技なんじゃないかと思うことがある。よくわからない。なにもかもよくわからないし、とにかくよくわからない。わたし自身も、ほんとうは分裂した人格のひとつなのかもしれない。あるわたしは父母を愛していて、あるわたしは父母を憎んでいる。あるわたしはわたしに甘えてきて、あるわたしは嘘をつくためにいる。すべてわたしの名前を名乗る。これはわたしが命令したことだ。彼らは忠実に守っている。よくわからない。どんどん悪い方向に向かっている気がする。だれのせいでもない、わたしのせいで。