うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

こもごも「迷惑をかけず、負担をかけず」

 むずかしい。だれの迷惑にも負担にもなりたくないんだけれども、現実はそうもいかない。そもそもなまぽだしな。精神障碍者だしな。むずかしいなあ。

 

 いっこ前の記事はちょっと衝動性が高すぎるけれども、こうやって衝動性がおさまってみても、やっぱり生きるだけの理由が見つからない。死ぬ理由はやまほどある。生活保護をどうして申請してしまったものかと考えたけれどもあれだな、お金がなくて家具だのなんだのの処分ができないし家賃も払えないしという迷惑をかけることがいやだったからだ。うつだったし、生きていたいからという理由ではなかった気がする。

 

 それから、病院に通うようになって、もしかしたら、まともに生きていける道があるのかもしれないと勘違いした。無理だよなあ。ねじれた幹はもう腐り落ちるしかないんだ。すこしずつ、縁を切って、すこしずつ、荷物を処分して、すこしずつ、準備をしていこう。

 生まれてこないほうがその者のためにもよかった、という言葉が身に染みるよ。親は子を選べない、子は親を選べない、そのうえ、生まれるかどうかさえ選べない。気づいたら生まれてて、どうあろうと生きるしかない。そういうのを終わりにしようと思う。

 人間はいずれ死ぬんだから、それがいつだっていいじゃないか。わたしは子どもをつくる予定もないから種としても完璧に存在しなくていいんだ。

 自死は地獄いきとかきくけど、とんでもない、そもそも、死んでも意識が残るだなんて、それこそ地獄じゃないか。わたしは無神論者だから、人間は、生きものは、死んだらただ消えるだけだと信じているよ。そうでなくちゃ死んだ意味がないじゃないか。いやあるか。わたしは遠くに行きたいんだ。すごく遠くに。

 

 しかし、調べてみると毒草は北にあるものが多いんだよなあ。ソクラテスのようにドクニンジンで死んでみたかった。毒草最強と名高いエゾトリカブトを味わってみたかった。北は遠いよ、いろいろと処分したり準備するにも時間がかかるし、そんな気力もないし。

 

 まあ、死ぬとか言ってるけど、やっぱやーめたとかなるかもしれないけど、とりあえず、このアカウントが削除されたら、あいつはしあわせになったんだなと思ってほしいな。しあわせになりたいんだ。もう不幸なのはあきあきだ。疲れたんだよ。それだけなんだ。