うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

こもごも「地獄は再生産される、慈悲はない」

 わたしは地元をのがれて(といっても隣県)暮らしているが、どうも地元では地獄が再生産されているらしい。勘弁しろよ。呪われた家系かよ。

 

 先日妹の息子、甥っ子が遊びに来たのだが、言葉のはしばし、行動のあちらこちらに地獄を感じてつらかった。甥っ子はほとんど会ったことのないわたしを、なにをしてやったこともないわたしを、ママとおなじくらい好きだという。ママはやさしいときとそうでないときがあるという。わたしが好きなものを好きになるといい、わたしが嫌いなものは嫌いになるという。なにかを決めようとするたび、わたしの意向をうかがい、気に入る行動をとろうとしている。なにかの拍子に腕をつかんだら、奇妙なほどガサガサした感触がした。

 ああこれはわたしだな、と思った。母が大好きで、それでも苦しかったころのわたしだ。わたしとちがうのは、わたしとちがって甥っ子には、「わたし」がいることだ。わたしがあのころ死ぬほどほしかったけれども手に入れられなかった、事情を知っていて味方になってくれるおとながいることだ。

 感情移入しすぎているかもしれない。わたしは正確な判断ができている自信がない。甥っ子にとってわたしはそれほど重要な人間ではなく、単に子どもの処世術として、わたしにおもねっただけなのかもしれない。けれどそうであってほしいと願うのが、責任逃れのためだという気もしている。

 

 甥っ子の口からじわじわわかってくるのは、祖母(わたしにとっての母)が甥っ子の姉である姪っ子を溺愛し、甥っ子を疎外していること。またやっているのかあのクソ女、という感想。

 母は、わたしと妹に対してもそれをやっていた。妹は溺愛し、わたしは疎外された。わたしと妹は当然不仲になり、妹は当然わがままでなにもできない子どもに育った。そのことを母はわたしに嘆いた。あの子はどうしてああなんだろう。どうしてもっと自分のことを自分でできないんだろう。わたしは思ったし、言った。母さんが甘やかしたからでしょう。いまでもなんでもしてやっているからでしょう。母はさらに嘆いた。そうやってぜんぶ母さんのせいだって言うんでしょう。わたしが悪いんでしょう。わたしが死ねばいいって思っているんでしょう。

 あのころはそんなことはないと否定したけれど、いま思えばそのとおりだと言ってベランダに連れ出してやればよかったなと思う。実家は高層階なので、確実に死ねただろう。

 甥っ子は、おばあちゃんが家に来るくらいなら死ぬ、自殺する、と叫ぶくらいに祖母をきらっているらしい。まだ低学年の子どもなのに。

 

 

 そのほか詳細ははぶくが完全に児相案件であり、通報しても問題ないだけの情報がそろっている。しかし、姉と話し合って通報はとりあえずやめ、妹に通告することにした。児相か育児センターなどに相談をすること。精神科に受診すること。ハウスクリーニングを入れて部屋をいったん片づけること。困ったことがあったなら、かならず相談すること。改善がみられない場合には、通報も視野に入れていること。

 とりあえずわたしにはこれしかできない。

 

 甥っ子がどうしてもわたしの家へ来たいといったので連れてきて、部屋で過ごしているあいだ、あまりにも自分と甥っ子が重なりすぎて、気分が悪くなって部屋でうずくまってイヤホンで音楽を聴いていた。たったふたりしか部屋にいないのに。甥っ子はちらちらとこちらをうかがってくる。甥っ子にとって、もしかしたらわたしが、かつてのわたしが求めていたような、助けてくれるおとななのかもしれないと思うと、おそろしくておそろしくてたまらなかった。わたしにはなにもできないからだ。

 iPadスマホゲーをしながら甥っ子はひっきりなしにしゃべる。かまってほしいのだろう。わたしはずっと黙っていて、気分が落ち着いてからようやく、甥っ子を抱きしめて言い訳をした。いままでずっとつめたく接してしまったけど、それは甥っ子くんが嫌いだからじゃないんだよ。おばさんは病気で、ちょっと具合が悪かっただけなんだよ。甥っ子くんはなにも悪くないんだよ。おばさんはずっと甥っ子くんが大好きだし、ずっと甥っ子くんの味方だよ。甥っ子は「ふうん」と言いながらうれしそうにぺたぺたとくっついてきた。

 

 子どものころ、ほんとうに、ほんとうに、味方がほしかった。おとなに助けてもらいたかった。いままさにそれをするべきときなのに、わたしにはそれができない。貧しくて、弱くて、幼稚で、愚かだから。

 でも、子どものころに、助けてくれるかもしれないと思ったおとなに、「わたしは病気だからできない、ほかのひとに助けてもらって」って言われて生きていけただろうかとか、なんでちかくに住んでる姉じゃなくてわたしに懐くんだとか(レア感があるから?)、ぐちゃぐちゃに考えて、考えて、姉から「しばらくこのことについては考えるな」という通告が出た。しばらくの監視(?)は姉がしてくれる。どうせわたしは県外だから様子をみるなんてことはできないのだ。

 

 妹は加害者かもしれないが被害者でもあって、いろいろと追い詰められているのはたしかだ。だから無理なことはさせたくない。でも、このままだと、姪も甥もわたしたちのように育つだろう。傷だらけの子ども時代から抜け出せずに、幼稚で愚かなおとなになって、過去を引きずって苦しむだろう。わたしは姪にも甥にも、わたしのような人生をぜったいに歩んでもらいたくない。

 でも、甥の一時的な逃げ場所になることさえ負担に感じてしまうわたしでは、どうにもできない。ほかに頼るしかない。とりあえず、妹が、頼るべきところを頼り、相談すべきを相談し、状況を改善してくれることを祈るしかいまのところできることはない。

 

 あと孫世代にまで悪影響を振りまいているクソ女は、頼むから可及的速やかに死んでくれ。わたしが子どものときに殺しておくべきだった。自殺しようとするのを看過すべきだった。母のためにしたすべてのことを後悔している。その労力をすべて、過去を物理的に断ち切るためにつかうべきだった、もうあれは毒というよりは呪いだ。