うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

昔の話「ろくでもない子どもVSろくでもないおとな」

 過去のことに関して、「わたしが悪い」と「わたしは悪くない」をずっと行ったり来たりしている。裏を返せば「親は悪くない」と「親が悪い」でもある。

 わたしはろくでなしの育てにくい子どもで、だから親も手を焼いてああいう対応をせざるを得なかったんじゃないか。そうだとしたらわたしが悪い。親は悪くない。しかしそもそも、ろくでなしの育てにくい子どもに育ったのは、いがみ合う親を見て育ったからじゃないのか。それならわたしは悪くない。親が悪い。

 厄介なのはこれが証明しようのない鶏卵の問題だということ。本来の鶏卵の問題は、最初にあったのは鶏に決まっているけれども、わたしと両親の件はどうにも決まらない。子どものころのことなんてはっきりと覚えてない。ろくでなしになったのは、わたしが先か親が先かなんてもうだれにもわからない。両親は都合の悪い記憶を書き換えて本気で信じられる人間なので、信用できない。かといって自分は覚えてない。どうしようもない。ないから、行ったり来たりするしかない。

 そんでもって、どっちにしてもわたしは救われないというのが終わっている。救われない原因が自業自得なのか理不尽に降りかかった災難なのかというちがいでしかない。親が全面的に悪くたって、いまさらつぐなってもらいようがないしそんなことはしてくれないひとたちだし、わたしが全面的に悪くたって、いまさらつぐないようがないしどうしようもない。

 

 あと、この件について、わたしはどうしてもゼロかイチかという考えかたしかできないようだ、ということがわかった。たとえば、親に対して「あなたたちもよい環境で育ったわけじゃないし、あつかいにくい子どもだった。でもやりすぎたよね」、わたしに対して「親はたしかにやりすぎた。でもおまえも悪いことをしたよね」とかフィフティ・フィフティくらいに見られたら平穏なのかもしれない。でもそれができない。白黒思考というのか、どっちかが一方的に悪いのでないとわたしは受け入れられないようだ。理由はよくわからない。

 自業自得にせよ、災難にせよ、わたしの子ども時代はとても苦しかったから、フィフティ・フィフティのぬるいジャッジで片付けたくないのかもしれない。自分でも親でも、責められるなにかがほしいのかも。でも、それで苦しんでるのが自分なんだから、ばかだよなあ。