うつでなまぽ

うつ病で生活保護受給者中の生きものがいろいろ書きます。

精神科受診「結局吹っ切れなかった気持ちと解離について」

 先日姉と妹の件でもはや両親に対するいろいろな気持ちが消え、ある意味吹っ切れた、とか、いややっぱ吹っ切れてない、とかよくわからんことを書いたと思う。正確に言うと、いままでのぶんがある程度吹っ切れて、また吹っ切れないものがのしかかってきた感じだ。

 いままでずっと、父に殴られているのがわたしだけだから、母にいろいろと吹き込まれているのもわたしだけだと思っていた。でも姉も妹も程度は違えど同じように愚痴のゴミ箱だった。それを知ったとき、姉は「笑える」と言った。ツイートで。わたしももはや笑うしかなかった。三姉妹、二十年以上たつまで、自分だけが「離婚する」とさわぐ母の言葉を聞かされていたと思っていたのだ。笑うほかにない。なにもない。

 このとき吹っ切れたのは、父も母も、子どものわたしにはどうしようもない人間だったとわかったからだ。わたしにも悪いところがあったかもしれない。けれども、父母を変えることはわたしには絶対にできなかった。わたしはたしかに反抗的で生意気な子どもではあったが、それが理由で血が飛び散るまで殴られるようなことはあっていいはずがなかった。夫婦生活のことや親せきのこと、姉妹のこと、父のことをずうっと愚痴られ、人間不信を植え付けられていいはずもなかった。

 

 けれども、どうしようもなかったという結論は、希望であるとともに絶望でもある。「すべてわたしのせいだ」と嘆くのは、悲劇のヒロインを気取る以前の効果として、とてもものごとをシンプルにする。わたしがいたから、父は暴力に走らざるを得なかった。わたしがいたから、母はストレスをためるあまりにわたしへ依存せざるを得なかった。わたしさえしっかりしていたら、わたしさえいなかったら。自分を悪者にするのは、虐待を正当化し、自分を無理やり納得させる薬みたいなものだ。わたしが悪いとさえ思っていれば、殴られてもなにをされても、表面上抵抗したり歯向かったりしたとしても、根底にわたしがわるいのだという思いさえあれば、いびつな家庭を正常なものだと錯覚して生きていける。

 しかし、気づいてしまえば、それが急にひっくり返る。「あなたはなにもわるくないんだよ」と言われる。その言葉を喜べるひとは健全だ。健全でないわたしはこう思う。「じゃあ、なぜ、わたしはあんな目に遭わなきゃいけなかった? どうしてこれからも、治しようのない傷を抱えて、ほかの健全な家に生まれた人間たちより苦労をして生きていかなきゃならない? わたしはなにもわるくないのに?」。のしかかってきたものはこれだ。わたしがあんなに、子どもなりに努力して、手を尽くして、必死にやってきたこと、耐えてきたことは無駄だった。これまで生きてきたことがすべて無駄だったし、これから生きていくこともまた無為である気がする。

 

 もうひとつ。わたしは過去を思い出したいと思っている。わたしの過去の記憶は、鮮烈なところもあればあいまいなところも多くある。フラッシュバックも感情だけが押し寄せてくるときがある。だから、すべて知りたい。なにがあったのか。しかし、姉と妹はなんとなく思い出したくない、封印してるというふうに言う。無理に聞き出すのは酷だろう。わたしは知りたい。思い出したい。しかしそれでだれかを傷つけたくない。

 たぶん姉と妹のほうがただしい。忘れてしまったほうが賢明だ。主治医もよく言う、さきのことを考えていこうと。ただ、わたしの性格として、もやもやとあいまいにしたままにしてしまうのがいやなのだ。

 

 わたしがなぜ過去について思い出せないところがあるのかと言えば、おそらく解離のためだろうと思う。わたしは、いまでもやってしまうことがあるが、相手が怒っていると思う、不機嫌だと思う、批判されていると、それがどんなに正当なものであり、もの柔らかでていねいな態度を取られたとしても、パッとスイッチが入る。切れると言ったほうがただしいだろうか。解離のスイッチだ。

 肉体的には神妙に聞いていたり、涙を流していたりするのだが、精神的には完全に離れたところにいて、耳をふさいで、目を閉じて、嵐がやむのを待っている。なにも聞いていないし感じていない。そのあいだ、からだのほうは不思議なもので勝手に泣きながら「すみません、ごめんなさい」と繰り返していたり、「はい、はい」と適切に相槌を打っていたりする。そこに人格があったら解離性同一障害ということになるのかもしれないが、たぶんそうではないのでこれは単なる解離だと思う。いや、主治医にはっきり訊いたことがないのでわからないけど(頭が真っ白になるという話はした)。

 父が怒り狂って殴打するときや、母が見当違いなことを言ってわたしをなぐさめるとき、精神的に距離を取ることは非常に重要だった。肉体の傷はいずれ治る。傷があったことは消せないけれど。精神の傷は、ときとして生涯付き合っていくほかなくなることがある。そのことを知ってはいなかったが、察してはいたのかもしれない。もしくは精神というもの自身が、自動的な防衛機制を働かせてくれたのかもしれない。

 

 この解離もふくめて、わたしは、すべてについてこれだと言える原因が知りたい。たぶん主治医は反対するし姉も妹も協力してくれないのでかなわないだろうが。希望のないパンドラの箱を開けるようなものだ。正常であればしたがらないだろう。

 

 昔、わたしは母の嫁入り道具の箪笥やら化粧台やらがある部屋を自分の部屋にしていた。うちは3LDKのマンションで、三姉妹だったので、それぞれにひとつ部屋を割り当てられていたのだが、いま思えばなんと厚遇だったことだろう。まあ、それはそれとして、父はなんだかよくわからないがときどき「部屋替え」を行いたがった。学校で行う席替えのように、三つの部屋をこんどはおまえはあっち、おまえはそっち、というふうに替えるのだ。父の提案だったと思うが姉妹の希望だったかもしれない。思い出せない。

 それで、上記にある部屋がわたしの部屋だったころ、掃除をしているときにクッキー缶を見つけた。母はパッチワークに凝っていたので、裁縫道具かなにかかと思い開けてみると、なんと父母の結婚前の恋文のやり取りだったのだ。どうしたかって? わたしは読んだ。すべて。好奇心からということは否めなかったが、あの仲の悪い父母が、どうして結婚したのか、理由を知りたかった。見合いでもあったのか。なにか理由があったのか。

 しかし、恋文から浮かび上がってくるのは健全に恋愛をしている若い男女でしかなかった。文章を一部だけ覚えているがここには書くまい。プレ父はプレ母を愛し、プレ母はプレ父を愛しているのがよくわかる文章だった。愛にあふれていた。恋愛をしたことのないわたしには不思議にさえ思えるほどに。

 それがいったいなぜこうなってしまったのだろう? なぜ恋文を交し合うような男女が地獄の家庭を作り上げることになったのだろう? わたしはその理由が知りたい。けれど、それはおそらくわたしの傷を癒しはしないどころか、さらに深めるものでもあるのだろうとわかっている。わたしは一生、このもやもやとした不可解な気分を抱えて生きていくのだろうと思う。

 

 きょうは心理検査というのを受けた。どんなことだったか忘れたが、なんとなく自閉症スペクトラムをはかるような感じのテストだったと思う。深く考えないようにしながら、そう思う、どちらかというとそう思う、どちらかというとそう思わない、そう思わないという質問文に答えを書いていった。結果は次回の診療時にわかるそうだ。あとつぎは臨床心理士さんにご対面するとかなんとか。精神のプロであろうし、女性であるようなので、あまり心配はしていないが、また「相手が自分になにを望んでいるか」を必死に探ろうとするだろう自分を思うと気が滅入る。

 

 あ、あと体重計を買った。いつもは病院で計らせてもらっていたんだけど、もう30歳をすぎて、自己管理の必要性を感じて、あとついでにiPhoneに体重とかを記録するアプリが入っていたから。最近野菜ジュースと牛乳だけで生きているので、どう考えてもヤバいよなと思ってたのも購入理由。安くていいから体重計れるだけのやつにしようと思ったんだけど、これがクッソ重いのな。持ち帰る気力がない。結局、エレコム? の産学共同というやつがちょっと安売りしていたので、そっちを買ってしまった。クッソ重いのの4倍くらいの値段した。産学協同って、なんかすごくワクワクしてしまうし、すばらしいもののように思える。身長も登録でき、BMI体脂肪率、骨量とかまでわかる。ほかにもわかることがあったが忘れた。

 そして計った体重……44kg。BMI15くらい。体脂肪率は28%の標準値で筋肉がないことが明白すぎて泣ける。いや泣けもしない。ヤバい。きょう、食べもののにおいをかいでも食欲がわかなかった。このままだと栄養失調で死ぬ。