うつでなまぽ

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社会「189(児童相談所全国共通ダイヤル)に電話した:追記」

 うつでなまぽなのに最近うつでなまぽのことを語ってない気がするけれども、やったことを書いておく。189に電話した。189に電話したのだ。これはわたしとしては画期的なことだった。結果がどうなるかわからない。でもやったのだ。

 できればあとにつづいてほしい、あるいは利用してほしいという気持ちをこめて、この記事を書くことにした。

 というか前の記事を書こうとしたときはこれについて書こうと思っていて、それを切り替えたのだ。どうでもいいことだけど。

 

189(児童相談所全国共通ダイヤル)とは

 くわしくは下記の厚生労働省のサイトに書いてある。

www.mhlw.go.jp

 110番や119番のような感じで、ここにかけると最寄りの児童相談所につながる共通ダイヤルとなっている、らしい。固定電話からかけると位置特定がすばやくできた場合、つながるのが早い。できなかった場合は「何々だったら1、何々だったら2を……」というようなガイダンスが流れ、それにしたがうとつながる。

 携帯電話でかけると位置情報がつかみにくいため、ガイダンスが長引く場合があるようだ。なんか……説明するのもむずかしいほどだ。サイトを見てくれ。下のほうにある「児童相談所全国共通ダイヤルのフロー」というPDFファイルがある。ちょっとくじけそうな煩雑さだが、がんばってほしい。

 

 というか、くじけそうになった場合は、ネットで最寄りの児童相談所の電話番号を調べ、そこに電話するという手もある……と思う。推奨されているのかはよくわからないが、結局つながる場所は同じだと思うし。

 

わたしがなぜ189にかけたのか

 わたしはアパートに居住しているが、ずっと以前から、たまーに、常軌を逸したような女性の怒鳴り声と、女の子の泣き声を聞いていた。どうやら同階に居住している家から聞こえるようだった。プライバシーになるのではぶくが、ほんのちょっとの交流(あいさつ、すれ違いのみ)をかさねることで、その声が聞こえてくると思しき家の家族構成、生活状況の一部などが薄っすらとではあるが推察できるようになった。ストーカーみたいだけど……。

 子どもは見慣れないわたしに怯えてか、大人が苦手なのか、わたしの面貌容貌がコワいのか、あまりあいさつもさせてくれない。母親と思しき女性は、あいさつしてくれる礼儀正しいかただった。

 

 最初のころ、わたしはうつの絶頂期で、怒鳴り声や泣き声を訊くのがあまりにつらく、つらさを感じる自分のことしか考えられず、「虐待じゃないよね? ちがうよね?」という思いと「こわい、つらい、やめて」という思いでグルグルとしていた。

 精神科に通いはじめ、うつがすこしずつおさまってきてからも、たまに声が聞こえてきて、つらかった。「母親と子どもで楽しそうにしてるときもあるもんね?(でも、わたしだって虐待されてたころ、いつも暗い顔してたわけじゃない)」「虐待なんかじゃないよね?(わたしにはわからない)」「わたしはあの親子を見捨ててるわけじゃないよね?(わたしにはわからない)」。グルグルは加速する。

 虐待なのでは? 通報しなければいけないのでは? でもまちがってたら? 通報されたことで、必死に育児をしているだけの母親を傷つけてしまったら? もし虐待でも、見逃されてしまって、逆に虐待がひどくなってしまったら? なにもかもわたしの勘違いなのでは? でも勘違いじゃなかったら? わたしには開けることのできないあの扉の向こうに、苦しんでる親子がいるのだとしたら? でも勘違いだったら……ぐるぐるぐるぐる。

 

 グルグルグルグル年単位で考えつづけて、やっと思い至ったのがわたし自身の経験だった。

 わたしは父親に殴られていた、怒鳴られていた、泣き叫んでいた。マンションだったので、近隣には聞こえていたはずだと思う。夜に外へ追い出されてはじめのうち、家に入れてほしいと泣くわたしの声も。でも、だれもなにもしてくれなかった。

 お隣の〇〇ちゃんちのお父さんやお母さんは笑顔でおはようと言ってくれる。でも絶対にわたしを助けてくれたりはしない。だれもわたしを助けてくれたりはしない。わたしはひとりで耐えて、ひとりで生き延びなきゃいけない。

 それがいちばんつらかったはずだと思いだした。だれも助けてくれないこと。わたしがこんなにひどい目にあっているのに、こんなにもつらいのに、まわりの大人も神さまも仏さまもだれもわたしを助けてくれないこと。気にかけてくれないこと。打ち捨てられていること。

 

 なにより、わたしはもう大人だった。子どもを助けなければならない立場のはずだった。ずっとそれを放棄していた。子どものように身を縮めて。ほんとうに子どもなのは泣いている女の子なのに。

 

 通報と言っても、児童相談所であれば、母親を逮捕させるわけじゃない。親子ともにケアがおこなわれるはずだ。189について調べていて、下記のYahoo!ニュースを読んだ。

 

news.yahoo.co.jp

 

 そしてある日、またあの怒鳴り声と泣き声とが聞こえてきた。まだ勘違いだったら……と思いつつも、「通報は義務なんだから」と自分を励まして、携帯を取った。

 

実際通報するときはどんな感じになるのか

 厚生労働省のページによると、携帯からかけるとずいぶん煩雑なように思えるが、わたしの場合は、電話をかけるとしばらくして女性が出てくれた。ちょっとパニクっていたわたしは「いまこうこうがこうで……」と説明をはじめてしまったが、女性はやさしくスルーしてくれ、では管轄の児童相談所におつなぎしますね、と言ってやたらやかましい保留音が鳴りだした。

 そしてつぎにもう一回はいわかりましたおつなぎしますねがあったようななかったような気がするし、途中でこの電話は何分で何円かかりますとかの案内があったような気もするが、とにかく最寄りの児童相談所につながった。出たのはやっぱり女性だった。相談ダイヤルでもあるので、安心できるよう女性を配置しているのだろうか。

 わたしはこうして文章を書くときはずいぶん雄弁ではきはきとしゃべるように思われるかもしれないが、実際にしゃべるときにはしどろもどろ、うつの影響もあって声は小さく、相手の気に障らないようにという保身のため考え考え言葉を選ぶので、非常に聞きにくい。しかし、職員のかたは実にていねいに話をきいてくださった。

 職員のかたからあいさつを受けたあと、なんの前置きもなく「女性の尋常ではない怒鳴り声が聞こえ、子どもの泣き声が聞こえた、虐待ではないかと心配している」という意味のことをぼそぼそとぎれがちに話すと、職員のかたはそれをきちんと受け止めてくれ、「子どもの性別、年齢がどのくらいかとかはわかりますか?」「泣き声に言葉は混ざっていましたか?」「どのあたりから聞こえるかわかりますか?」などなどの質問を、ゆっくりと応えやすいようにしてくれた。

 そして最後に、「では内容をまとめますね」とおっしゃり、「こうこうこうで、こうこうこう、それがなんとかでおこなわれている可能性がある、ということでよろしいでしょうか?」とわたしの支離滅裂な返答をきれいにまとめて説明してくれた。あくまで「可能性がある」と言ってくれたのもこころが軽くてよかった。わたしの思い込みかもしれないのだから。

 そして「通報ありがとうございました、こちらで対応していきます」という言葉に、わたしは思わず「よろしくお願いします」と言っていた。あんまりこういうことをいうひとはいないのか、ちょっと戸惑っているような感じだったが、「はい」と返事を下さった。電話を切ると、通話時間は待ち時間など含めて8分程度だった。

 

通報したことについて

 結局のところ、わたしは過去に助けてもらえなかったわたしという意味で女の子に過剰に感情移入して勘違いの通報をしてしまったのかもしれない。でも怒鳴り声と泣き声は現実にあった。だから通報したことは間違いではないと思っている。

 

 手前勝手な言い分であるし、余計なお世話なのかもしれないが、わたしはもしその泣いてる子が虐待されているのなら、わたしが辿った道とはちがう道へ導きたかった。大人は助けてくれないと思ってほしくなかった。だれも助けてくれないと思ってほしくなかった。だれかの助けの手があると知ってほしかった。みんながみんなそっぽを向いているわけじゃない、気にかけているひともいる、世界は信じられる部分もあると思ってほしかった。

 同時に、母親にも救われてほしい。もし虐待であるなら、彼女は加害者ということになるが、虐待というのは連鎖していることが多い。彼女も被害者だった過去があるのかもしれない。そうでなくても、追いつめられている事情があるのかもしれない。いろんなことをひとに相談できずに、あるいはできることを知らずに、抱え込んでしまっているのかもしれない。どうか、相談できる場所やひとがいるんだということを知ってほしい。

 

 そして非常に手前勝手で自分勝手でエゴイスティックでどうしようもないが、通報したことで、わたしも救われた思いでいる。もう殴られて泣いていただけの子どもじゃない。自分の傷と向き合えずに、生活保護を受けて生きて、相談員さんや主治医や薬に支えられてようやく生きているだけの、年齢を重ねた子ども大人だけれども、すくなくとも通報しているときのわたしは、大人として、守られるべき子どもに対する義務を果たした。あの8分間、わたしはちゃんとした大人だった。そういう自信がすこし持てた。

 またうつ状態になって、死にたいとか、消えたいとか思うこともあるだろうし、このさき生きていけるだろうかと思うこともあるだろうけど、上記のことはたぶんわたしが生きていくうえでのともしびとなってくれるだろうと思う。大げさではなく。

 なんて自分勝手で自分のやったことを針小棒大に評価するだめな子ども大人だろうか。あの子や親に助けが必要だった場合、実際になにかをするのはわたしじゃないのだが。

 

 以上。

 

追記

 書くのをすっかり忘れていたが、最後のほうで「あまりそういうことはないが、こちらからなんかのために(これはわたしが忘れただけで相手方はこのような適当な言いかたはしていない)連絡する場合があるので、電話番号と名字だけ教えてもらえないか」というふうに言われた。たぶん任意だと思う。わたしはべつに問題なかったのでふつうに教えたけれども。

 そして、「〇〇〇〇番から始まる番号で電話が着たり着信が残っていたりした場合は、こちらからなので、とるか、折り返すかしていただけると」ということだった。

 教えとうない! というひとは断れば大丈夫だと思う。189は匿名でも通報できることをうたっているので。

 そして電話はいまのところかかってきていない。