うつでなまぽ

うつ病で生活保護受給者中の生きものがいろいろ書きます。

社会「(元)TOKIO山口達也容疑者の強制わいせつ事件について」

 はじめてみたときはなんというか「もー鉄腕DASH見らんわ(テレビないからまず見られないんだが)キモすぎ」という、それだけのものだった。鉄腕DASHを実家にいたころたま~に見るくらいだったので、TOKIOの見分けもつかず、リーダー城島のことしかよくわからん。とにかくそのなかの山口とかいうやつが未成年に強制わいせつをしたという。気持ち悪さの極み。見分けがついていないのでもうTOKIO全体見たくないわという状態になった。だがそれだけだった。

 

 しかしながら、被害者の未成年女性が現在16歳(事件当時は15歳?)ということを知り、「山口も悪いけど、この被害者女性の防犯意識も云々」とか、「金目当て」、「ハニートラップ(意味不明)」という多数の批判コメントを見てうーんとなった。

 このブログでは一人称をつかわず、なんとなく隠してきた(たぶん隠しきれてない)眞邇摩は女だ。そしてわたしは16歳のときに強姦未遂の被害にあったことがある。

 状況はだいぶ違いはするが、おなじような年齢で性被害に遭ったので、なんか書いときたいと思っていまこの記事を書いている。

 

わたしの被害状況

 前提として、わたしは虐待されていた。その影響で、小中高と、不登校だった。いま思えば自分が家で置かれている状況と、学校で置かれる状況との違いに適応できずにいたのだと思う。

 父は当然そういうわたしにイライラしていた。自分が稼いだ金を学費にしているのに、健康なくせに、学校に通わないとはどういうことか。わたしは反発していた。殴られたりしていなければ、ふつうに小学校中学校に通え、高校ももっといいところにいけて、ふつうに登校できたかもしれない。実際にはわからないけれど。

 で、どんなことが理由だったか覚えていない。わたしが悪かったのかもしれないし、父が単に機嫌が悪かったのかもしれない。わたしは夜に家を追い出された。これは子どものころからやられていたことで、朝になって父親が出勤したころに帰ってくれば問題ないので、慣れっこになっていた。自分から夜間徘徊をしていたこともあったほどだ。その日も、追い出されるときに玄関にある鍵入れから自転車の鍵をとり、それを使って出かけて行った。そのときの服装はジーンズに紺色で意味不明な英文が書かれたトレーナー(小六のときに買った非常にダサいもの)だったのを覚えている。

 「夜中に外に追い出される」というのは小学生のころからよくやられていて、もう自転車で行ける範囲は行きつくしていた。わたしは遠くへ行こうと思った。どこまで行けるか試したかった。アホの発想だ。16歳だったのだ。

 

 しかし、家や繁華街からだいぶ遠ざかったころ、白い小さめのバン(ミニバン?)がパッシングをしてきて、運転手の男性が窓から顔を出し、止まるように声をかけてきた……と思う。ずいぶんまえのことなのであいまいだが。そしてこちらの通り道をふさぐように曲がった。

 その男性は、そこそこ若く見えた。あとでわかるが32歳だった。16歳からすればおじさんともお兄さんともいえる年齢だ。

 わたしはなぜ止められたのかよくわからずにいたが、男性が出てきて、こちらの年齢を聞いてきた。16歳と答えると、「こんな夜中に出歩いていてはだめだ、俺が通報したら補導されるぞ、俺は〇〇〇〇だから、従うなら通報はせずに家の近くまで送ってやる」というようなことを言った。〇〇〇〇にはなんか……信用できそうななにかを入れてほしい。字数とかは無視している。模倣犯とかを出したくないので伏せる。まあ最近の子は賢くなっているから、こんなあからさまな手には引っかからないと思うが……。

 とりあえず、補導されるのはいやだった。父は体面を気にする。補導なんてされたら火の玉のようになって怒るだろう。だいぶ殴られもするだろうし、嫌われるだろう。この期に及んでもまだ父に好かれたかった。

 

 で、乗っていた自転車をバンの後ろに乗せられ、わたしは助手席に乗って、車は出発した。暗くてあたりはなにも見えない。というか運転手の男性はやたら話しかけてくる。内容は忘れたが、ある時点から肩を引き寄せられたりした。当時「父親の望む息子になりたい」というファザコンをこじらせていたわたしは、自分が女で、男性の性的対象となりうるという事実について、ほとんど認識していなかった。ブスだったのもある。謙遜とかではなく、ブスだった。そのため、肩を引き寄せられても「なんやこのおっさん馴れ馴れしいなあ」という認識だった。

 男性……もういいやおっさんで、おっさんは、「こういうことされても平気なの?」と訊いてきた。どういう意味かわからなかったが、とりあえず困惑してはいるもののまあ平気と言えるのだろうな……と判断して「はあ……」と答えた。それに気をよくしたのかおっさんは大胆になり、トレーナーの上から胸をさわってきた。小六のときに買ったクッソダッサいトレーナーの上から。わたしは前述の「息子になりたい」願望によりブラジャーを付けていなかった。おっさんはまた訊く。「こういうのも?」。正直性的接触に慣れていなかったせいで逆に嫌悪感がなく、なにがしたいんだこのおっさん、ちゃんと運転しろよと思いつつ「べつにまあ……」と答えた。

 片手でべたべた触られつつ、車は進み、さすがにおかしいな? と気づいた。自転車で来た道はところどころ街灯がついていて明るかったのに、車は暗い道へと進んでいく。でもまあ、近道でもしてんのかな? と考えていたら、車が止まった。

 なんだろう? と思っていると、おっさんは自分のシートベルトを外し、こっちにのしかかってきた。クッソダッサいトレーナーをまくり上げ、胸にさわったり吸ったりしていた。こわいというより「なにこいつキモッ」と思った。下半身もどうにかしたかったようだが、わりとぴっちり目のジーパンをはいていて、わたしが座っていたためどうにもならなかったようだ。あと口をべろべろなめまわされた。口の中までなめられたらたまらんキモすぎと思い、歯を食いしばっていた。ファーストキスはガキのころ妹と、遊びでベロ入れるところまですませているので、ファーストキスが……とはならなかった。

 で、わたしは不思議に冷静だった。わたしは同意していないし、そもそも16歳で未成年だ。相手もそのことは承知している。こんなことをする時点でおそらくこのおっさんは〇〇〇〇ではないし、犯罪者だ。このままだと強姦される。それはいやだ。そう思って、わたしはおっさんの首を絞めた。頸動脈を狙った。落ちなかったのでたぶん手が小さくてうまくできなかったのだろう。

 そしてわたしはおっさんの首を絞めながら言った。「わたしが泣き寝入りすると思っているかもしれないが、わたしは絶対に泣き寝入りなんかしない。即刻警察に通報する。殺しても無駄だ。絶対に露見する。あなたの人生は終わる。いまやめるなら、通報だけはしないでおいてやる」と、このような意味のことを、もう少し丁寧な言葉で。わたしはアホではあったが小賢しくもあった。

 

 結局おっさんは「わかった、悪かった」と言った。家までではなく家からだいぶ離れたところを指定してそこまで送ってもらった。そのあいだ、わたしが不登校であることについて「学校はちゃんといったほうがいい」というありがたい言葉をふんふんと聴きながら、16歳を強姦しようとした分際でなに言ってるんだこいつ脳みそ蛆涌いてんのか? と考えていた。おっさんが32歳だと知ったのもこのへんの会話だった。年齢、ちょうど二倍やな、と思い、自分の年齢も、相手の年齢も覚えていた。

 そして指定の場所でわたしを降ろしたおっさんは「気を付けてな」と言って去って行った。おまえ以上に気を付ける相手そうそういるか? 近くに警察署があったが、結局通報しなかった。約束したからというより、父が夜に外へ追い出したせいで起こったともいえるこの事件を、父のせいだと思ったら父がかわいそうだな……という思いがあった。いまでは後悔している。余罪があったかもしれないし、それからも罪を重ねたかもしれない。そう思うと暗澹とした気持ちになる。

 

 このあと、父からの二次被害で、この事件で受けたよりもずっと深いトラウマを負うことになるのだが、それは後述しよう。

 

(元)TOKIO山口達也容疑者の強制わいせつ事件の被害者女性について

 この女性はわたしよりずっと賢かったと思う。たぶん、「友達を呼ぶ」といえば、あるいはふたりでやってきたなら、性行為目的だったら「じゃあいいや」と相手が引き下がるか、もしくは失敗したと思ってなにもしないのではないか、そう考えたのではないだろうか。これが当たっていたなら、結果から言って、それは浅はかな考えだったと結論付けるしかないが、16歳の考えが浅はかだったからと言って責められるいわれがあるだろうか。未成年だ、まだ子どもなのだ。浅はかで当然ではないか。大人とは、子どもの浅はかさを許し、導くべきであって、それを利用するなど言語道断だ。責めるのもまた間違っている。「こうすればよかったのに」、などとアドバイスのていで「こうしなかったことを責める」論法もちがう。大人は被害に遭った子どもを無条件で守り慈しむべき、そういう考えを社会に浸透させなければならない。そうでなければ、子どもが傷ついていくばかりだ。

 山口容疑者は「自分の誘いを被害者女性は断れなかっただろう」というふうなコメントを自らしている。パワハラ的側面もあったわけだ。そのなかで、「夜に男の家に行くなんて怪しからん」だの「親のしつけは」だのとわめくのは滑稽である。16歳の被害者女性に責を問うまえに、パワハラを行使した山口容疑者が責められるべきではないのか。パワハラがあったなら親のしつけもなにもない。夜に男の家に行くなというならノットオールメン(すべての男性がそうではない)という錦の旗はいますぐ燃やして灰にすべきだろう。すべての男は犯罪者予備軍にすぎないと、そう言うのだから。

 

 わたしはこの女性に対する二次被害を懸念している。「示談したんだから金目当て」「キスぐらいで」「ハニートラップ」「山口くんがかわいそう」など、被害者感情を無視した意見がそこらじゅうに舞いとんでいる。多数派を占めていないのは幸いであるし、TOKIOのメンバーがそれぞれ辛辣な本音を明かし、山口容疑者を受け入れる立場を取っていないのもよかったが、たくさんの好意的な意見があったとしても、ほんのすこしの悪意が心を折ることだってあるからだ。

 

わたしの受けた二次被害

 わたしは長いこと自分が受けた被害をだれにも言えなかった。というか言わなかった。大したことではなかったと思っていた。いまではよくわからなくなっているが。

 しかし、大学生になったころ、父と母がやってきて、いままでのことは謝るからもとのように家族にもどろう、といってきたとき、すべてが爆発した。もとになんてもどれるわけがない。殴られたことが消えるわけがない。冬の寒い日、生理用品もなくコンクリートの床を血まみれにしながら夜を明かしたことを忘れられるわけがない。あの強姦未遂の気持ち悪い記憶を忘れられるはずがない。知らないくせに。わたしが黙っていたおかげでぬくぬくと無知に安住していたくせに。そのときは決裂して、そのまま終わった。

 その後、わたしは父に対して、父に追い出されたことによって強姦未遂にあったことについてどう思うか、と訊ねた。父は、「最後までされたわけじゃないんだろ」と言った。どんな顔をしていたか覚えていない。子どものようなぶすくれた顔をしていた気もするし、眼も合わせなかったような気もする。だが父はそう言った。家族として、父として、人間として父に見切りをつけたのはこのときだった。このひとはわたしを絶対に愛さない。そしてこのひとに愛されることにはまったく価値がない。そう思った。

 でもわたしはものすごく傷ついた。確かに父の言うことはただしい。最後まで至らなかった。未遂だった。でも、自分より体格の勝る男にのしかかられて、無理やり触られたという屈辱と怒りと恐怖を、父は想像しなかった。自分のせいだと思うから、想像したくなかったのかもしれない。自分が傷つかないために、わたしを傷つけにかかったのだ。

 わたしの受けた二次被害はこれだけだが、身内と思っていた人間からの一撃はきいた。いまでもたぶん、立ち直れずにいる。

 

被害者女性の二次被害について

 被害者女性に対する批判は、他人からではあるが数が膨大だ。なかには親切めかした「もっとこうすればよかった」的なものもあるから手に負えない。相手が国民的アイドルで、ファンのなかには山口容疑者擁護に走ってしまっているひとたちがいるのも問題だし、こういった性犯罪の被害者女性に対してすぐに「ハニトラ」「美人局」などのレッテルを貼る輩が多いのもいただけない。親切めかしたアドバイスは害あることに自覚のない善意の者から発せられるので諫めるのがむずかしく、ファンの一部に至っては暴走している。レッテル貼りが好きな輩は、すべての罪は女にあるという原始ユダヤ教のような偏見に満ち満ちている。

 そしてこういうひとたちに抜け落ちている概念が、上のほうでも述べた、「未成年者は、とにかく無条件に保護されるべき存在」という考えである。未成年加害者となると話がむずかしくなるし、成人はどうなるのかという点はちょっとここでは棚の上に乗っていてもらうが、とにかく、基本的に未成年はあらゆる被害から守られるべき、大人は未成年をあらゆる方法を用いて守るべきという考えを日本の大人全員に持ってほしいと思う。日本にはいま、年少者、未成年を性的に消費するメディアがあふれている。それに影響されて、未成年であろうと、相手の同意があれば性行為に至ってもかまわないじゃないか、という考えさえある。相手が誘ってきたならいいじゃないか、とかも。

 しかし、大人として、子どもを健全に育てていくという、社会の一員としての義務を忘れないでほしい。未成年者は子どもだ。浅はかなのだ。たやすく誘導できるし、騙すことができる。影響される。だからこそ、法律で守られている。それにしたがって、大人には未成年を守っていってほしいと思う。

 

 今回、被害者となった女性は、大人というもの、男というもの、大人の男というものに不信感を抱くことになったかもしれない。そうであればそれは、子どもから、子どもである期間を奪ったということだ。山口容疑者には猛省してほしい。できるなら引退してほしい。老後までじゅうぶん暮らしていけるだけの金は稼いでいるはずだ。被害者女性の母親はそれを望んではいないようだが、わたし個人の感情として、なにかのメディアで山口容疑者の顔を見たとして、その顔が笑っていたとして、暗い気持ちになるだけだろうから。

 

 

 自分のことと重ね合わせたせいと、自分の主張などがうるさく、だいぶ乱文となってしまったが、わたしの言いたいことはいちおうこれで終わる。

 

 以上。