うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

こもごも「火垂るの墓は反戦争映画ではないというはなし」

 火垂るの墓を見たので感想を書こう。いろいろ知識がないのはご容赦いただきたい。散漫な文章もご容赦願いたい。

 

 ジブリ映画にはままあることだが、よく金曜ロードショウに取り上げられる。なのでジブリ映画はだいたい何回も見たやつがよくある。トトロとかナウシカとかラピュタあたりが人気があるし古いしでそれにあたるだろう。火垂るの墓も繰り返し放送されている。と思う。夏に。しかし何回も見た記憶はない。

 簡単に言って、かわいそうな映画だからだ。作中でひとが死んだ数でいえばナウシカとかラピュタのほうが多かろうし、世界観的悲惨さで言えばナウシカのほうが絶望的なわけだが、火垂るの墓は子どもが飢えて死ぬ。飢え死にほど悲惨な死はこの世にないと思う。だからトトロやナウシカラピュタを見るようには、火垂るの墓を熱心に見なかった。なんでも、トトロと火垂るの墓はその当時映画館で同時上映されたらしいが、なぜそのようなことをしたのか理解に苦しむ。生まれるまえだったので行かずに済んでよかった。

 

 話を戻す。火垂るの墓は子どもの飢え死に以上に悲惨な描写も多い。炎にまかれ、もはや逃げ場もないひとびとが身をよせあっているなか、「天皇陛下万歳」と叫ぶ男、やさしげだった母が全身に大やけどを負い包帯まみれになっている姿、荼毘に付されるときには蛆にたかられている姿、空襲の焼け跡のなかのおびただしい生焼けの死体、焼死体。

 こういうところを見ると、「戦争はあかんぜよ」という話なのかなと思えてくるが、たぶんちがう。ただ、「戦争とはこういうものですよ」ということを示してきたにすぎない。主題はここにはない。

 

 火垂るの墓は、主人公、14歳の清太が死ぬところから始まる。自分で「ぼくは死んだ」といってはじめるのだから大したやつだ。清太は駅で死んでいる。そのほかの浮浪児たちのように、柱に寄りかかり、なにかを待っていたのか、どこかへ行くつもりだったのか、物乞いをしていたのかわからないが、ただぼんやりと死んでいる。道行くひとびとはほとんどが清太に同情しない。ひとり、まだ生きていると思ったのか、お供えのつもりなのか、おにぎりを置いて行ってくれるひともいはするが、ほとんどのひとびとはそうではない。ひとの死に慣れてしまったという哀しい事情もあるのだろうが、むしろ、駅などと言う公共の場で死ぬなど怪しからんやつだというような論調で清太の死を責めている。アメリカ軍が来るのにこれでは恥だという声も聞こえる。

 やがて夜になり、掃除夫たちがやってくると、やはり迷惑がる。そして清太の持っている、ラベルの剥げたドロップ缶を手にすると、いろいろといじりまわしたあとで、それを駅の外へと投げ捨てる。ドロップ缶の蓋があき、こぼれ落ちるのはちいさな遺骨。清太の小さな妹、節子の遺骨だ。

 ここにすでに、この映画の主題があらわれていると思う。ある意味もうここだけみればええやんというところがある。完全に火垂るの墓を象徴している。当時日本を覆っていた、いまもうっすら覆っているかもしれない全体主義というものがすみずみまではびこり、個人を押しつぶすさまが克明に描かれている。

 清太が死んだのは駅で、「みんな」が使う場所だ。そこで「個人」である清太が「みんな」の迷惑も顧みず死んでいるのは、はなはだ迷惑なことであって、それに対して文句をつけることを「みんな」恥じたりはしない。恥じるべきは、「みんな」が使う場所で「みんな」に迷惑をかけて死体になって転がっている「個人」の清太のほうだからである。「個人」は事情を問わず国家に、公共に、「みんな」に尽くさねばならないものであり、決して迷惑などをかけてはならないのだ。

 それをあえて描くのだから、これは全体主義映画なのだろうと思う。

 そして「個人」である清太の唯一の持ち物であり、「個人」である妹・節子の骨壺でもあるドロップ缶は、「みんな」の場所ではない駅の外へと放り投げられる。そこでやっと「個人」節子の霊はあらわれ、兄・清太との再会を果たすことができた。

 

 そこから遡るかたちで、火垂るの墓ははじまる。

 

 ぜんぶ書いてもどうせつまらん文章なので端折って書く。

 清太と節子は空襲のなかをともに逃げまどい、生き延びるが、心臓が悪くさきに防空壕へ逃れていた母親は、防空壕が直撃を受けたのか、全身大やけどを負い、結局は清太が見つけ出すまえに昏睡に陥って、清太と言葉を交わすこともなく死んでしまう。父は海軍の偉いひとらしいが、戦時中であるので当然いない。清太は節子に母の死をごまかして、まえからなにかあった場合は……と約束していたらしいおばさんの家へと向かう。

 このあたりの清太とおばさんの関係についてはよく論議がなされている。ネットでよく言われるのは「清太はやるべきことをしていない」という批判である。実際、清太はおばさんの家に滞在中、とくに何かしている描写はない。しかし、清太のやるべきこととはいったい何だろうか? おばさんの娘がやっているような勤労奉仕か? すこし年かさに見える居候の男性がやっているような労働か? 清太はまだ14歳で、しかも4歳の妹を抱えているのだ。本来ならやるべきこと自体が存在しない4歳の妹の世話すら義務にならないはずで、むしろ大人側に清太や節子(そしておばさんの娘)に対してやってやるべきことが存在するのである。勤労奉仕などさせるべきではない、勉強をさせてやるべきなのだ。

 これを、「戦争中なのだから」というのは、戦時中の人間とおなじ思考停止でありたいへん危険な考えだ。そもそも勤労奉仕で訓練されていない、本職ではない学生がつくるような粗悪な物品は現場では役に立たず……とかいう話はおいておく。戦争中なのだから、「清太は国のために妹を放り出してでも働くべきなのだ」とするなら、それは戦争肯定であり全体主義の肯定にほかならない。国難なのだから、個の事情、年齢や妹のことなどは放り捨ててただひとりの大日本帝国の国民としてお国のために奉仕すべきなのだ、というのも同然だ。

 家のことを手伝えばいい、と思うひともいるかもしれないが、おばさんが要求しているのはあくまで、お国のために働くことである。清太が家の中のことをしていたともしていなかったとも描写されていないので断言できないが、おそらくしていたにしてもおばさんは満足しなかっただろう。

 おばさんの言葉や態度はつねに全体主義を投げかけてくる。お国のために働くものが米の多い雑炊や米飯を食べるのは当然であり、そうでないものは雑炊か雑炊の汁かをすすっているのが当然なのだ。学童唱歌などというものは周囲をはばかってうたうべきではないし、清太は大日本帝国の国民であるのであるからして、防火訓練にも参加すべきであるし、空襲があれば、防空壕でおびえる節子を放り出してでも消火活動に向かうのが当然なのである。

 

 清太はこれに反発する。生死だけを見るならばこれは愚かで、浅はかで、向こう見ずな反発であり、ロシア? の批評家? が言っていたように「このような環境で生きようとするならば世界中どこであっても死ぬ」というものだが、これは単に清太がおばさんに反発し立て付いたというだけの話ではなくて、全体主義個人主義の闘争である。そして全体主義における個人の悲劇でもある。

 この映画が、清太が節子の生存だけを望む物語なら、清太はさっさと全体主義に染まり、お国のためにネジでも飛行機でも作って、防火訓練に参加し、空襲時には消火に尽力しておけばよかった。でもそれでは、火垂るの墓にはならない。単なる「戦争下の国民はこのように結束し、尽力して国難を乗り越えようとしたのである」という話にしかならない。それは戦争美化であり、全体主義の美化だ。

 

 おばさんの家を出て防空壕に暮らし始めた清太はさっそく食料に困窮する。この時代には「隣組」という制度があり、家々が名の通り組になって、食糧配給や消火・竹槍訓練の参加などの情報を共有していた。これは連帯責任の制度でもあり、それゆえに相互監視の制度でもあった。何々さんの家は訓練に参加しないだとか、誰々さんの家はどうやら配給外、つまり闇の食料を食べているらしいとか互いを助け合い足を引っ張り合い監視し合うのである。これに参加しなければ食料は手に入らない。国が国民を管理するための制度に賛同しないペナルティとして、清太と節子は飢えていく。

 飢えた清太は、栄養失調の症状を呈し始めた節子のためもあり、畑泥棒、火事場泥棒に手を出し始める。はたから見ればどうしようもない悪童であるし、いちどは取っ捕まって暴行を受け、警察に突き出されるが、警察は暴行の程度を重く見て清太をなかば見逃すかたちで釈放する。だが、明らかに飢え、やせ細っている清太に対し、事情を聴くでも、なにをするでもない。たった14歳の少年を罰することはないが保護することもなく、清太はまた困窮のなかに戻っていく。

 

 そしてある日、おそらく父がいない以上勝手に使ってはならない大金と思っていたのであろう母の貯金を、清太はすべておろすことに決め、心細がる節子をなだめていったん神戸にもどり、現金を手にする。そのときやっと、清太は大日本帝国の敗戦と、連合艦隊の壊滅、つまり父親の死を知る。防空壕暮らしは、あくまで「父が帰るまでの急場しのぎ」でしかなかった。父までも死んではもうどうにもならない。

 しかしそれでも清太は、おろした金で米やたまご、鶏肉を買って節子のもとに戻り、明るい声で話しかける。節子はぐったりとしていて、すでに飢餓で錯乱状態にあり、おはじきをドロップ代わりにか、ドロップと思ってか口にいれて、清太に対して石くれを差し出し「ごはんをどうぞ」と口にする。清太はその凄惨な状態にある妹が、「兄ちゃん、おおきに」、という言葉をつぶやいて眠りに落ちたのを見、おそらくは手遅れではないかと危ぶみながらも、卵の雑炊と鳥の煮付けをつくる。料理が出来上がっても、節子は目を覚ますことはなかった。

 清太はひとりで節子を荼毘に伏す。人形やがま口を棺に入れてやるが、ドロップ缶だけは自分で持って、焼き終わった節子の骨をドロップ缶に入れ、防空壕には戻らずに去って行く。

 

 そうして物語は冒頭に戻る。「4歳と14歳で生きようと思った」彼らを殺したのは、焼夷弾でも爆弾でも戦争でもなく、個人を個人としてあつかわず、4歳の節子を4歳の女の子として、14歳の清太を14歳の男の子としてあつかわず、ただ国のため、戦争のための道具としてみる、そうでなければ排斥する、全体主義に染まった社会だった。

 霊となった清太は長椅子に座り、無邪気に遊ぶ節子に眠るように促して、自分は街を見下ろす。明るく、戦争は遠くなった平和な街を。しかし、全体主義はどうだろう? 「みんな」のためであれば「個人」は耐えるべきだ、「個人」の事情はひけらかすものではなく、押し隠し、「みんな」や「社会」の迷惑にならないよう努めなければならず、「個人」はただ「みんな」、「社会」、「国家」のためにあるべきだという考えは、拭い去られただろうか? 清太はいまの社会をどう見るだろうか。

 

 まあ自分などは、精神障害者でしかも無職で生活保護、完全なる社会的弱者、戦時中であれば間違いなくつまはじきにされ野垂れ死に、その死さえ迷惑がられるたぐいの人間であるよなあなどとも考えながらみた。

 

 以上。