うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

こもごも「デザインを変更した」

 てきとうにいろいろ。というかカテゴリせっかく設定しとるのになんでカテゴリの項目がないねんということにいら立ってデザインを見たら設定できるやんということで設定したのと、リンクはいらんなということで消し、ついでに背景を緑にした。緑はいい。心にやさしい色だ。

 

 あとなんか、アクセス解析みてると、まあ薬のこと書いた記事に圧倒的アクセスがあるわけだけれども、そのほかにちょこっと、精神科初診の記事にもアクセスがあって、やっぱり精神科に行くっていうのはふつうのひとにとって敷居が高いもんなんやろかと思った。そう感じたことがないのでわからんのよな。感覚が。まーいちいち知り合いに「いま精神科に通ってる~」とか報告したりはせんけど、べつに、精神科に行くこと自体には抵抗感がない。

 しかし、まえにも書いたかな? 生活保護課の相談員さんに「精神科とかに抵抗ありますか?」っていうことを言葉を変え例を挙げなんどもきかれたので(たぶん精神科に通うこと自体が負担になる可能性を考えたのだと思います)、そういうひとは多くて、抵抗がないというほうが異端なのだろう。年配であればとくに。若いひとでも多いかな? まだ精神病甘え論とかキチガイ論とか優生学的考えは元気にしているからなあ。

 まあ生活保護に迷いなく駆け込むやつだからな。そこからして特殊なんだろうな。ふつうのひとは生活保護にも抵抗があるんでしょう。うーん抵抗がなかったというより、これはまえにも書いたんだけど、判定してほしいという気持ちがあった。いろんなことが自分ではわからなくなっていて、死ぬしかないんじゃないかと思っていて、でも死ぬわけにはいかないこの身をどうすればいいか判定してほしかったというのがある。ジャッジしてもらいたかった。他人に。

 ほんでまあ結局生活保護と精神科受診生活をしておるわけだけれども、なんやろなー治る気ってあんまりしてない。これも症状のひとつなんだろうけど。かといってこのまま生活保護で生きていく気もあんまない。なんというか壮大な話をして自分をごまかしてみると、これだけ人間があふれるほど地球にいるんだから、だれかは死ぬべきなのだ、それが自分なのだ、という感じというか……生きていくことに希望を見出せていない感じというか……なんだろう。薬のおかげか不安感や絶望感は薄れている。けど消えない。まー生活保護で、いわゆる他人の金で生きていることなんかに関しては、ふしぎなほど罪悪感はない。感謝はあるけど。なんでだろう。

 このブログつくったとき、タイトルになまぽて入れたしこれはコメントに生活保護批判来ると思ったけど来んかったな。ああいうのは有名にならんと来んのだろうな。

 

 こう、合法的に死ねて、だれにも迷惑が掛からない方法ってないもんですかね、とか、ぼんやり思ったり、死ぬというより、すうっと消えたいなあなどと思ったり、そういう感じでそういう感じ。

 

 とりあえず精神科初診にはタオル、フェイスタオルを持っていくのがいいと思う。きっときみは泣く。泣くつもりなんかかけらもなかろうと、かなしくなかろうと、つらくなかろうと、泣くから、フェイスタオル、あと帰るとき用にマスク、これらを持っていけば完璧だ。泣かなかったらまあそれはそれでいいんじゃないか。しかしこちとら病名判定の診察でも泣き、治療開始の診察でも泣きまくったから、こういうアドバイスしかできない。もういちどいう、きみは泣くから、フェイスタオルとマスク、これを忘れるな、とくにマスク、タオルは最悪忘れても、精神科の診察室にはたいていボックスティッシュがあるから気にするな。

 

 なんて散漫な文章だろう。そういう日もある。日の高いうちは調子が出ない。嘘だけど。