うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

うつ「人生は生きるに値しない…といまは思う」

 子どものころ、生きる目的とか目標は、「はやくおとなになって、自立して、ひとりぼっちで生きていくこと」だった。短いあいだだったけど、それはいちおう達成した。でもダメだった。なにかというとこう、過去が邪魔をする。精神的に圧迫してくる。

 職場も、悪くはなかったがストレスがじわじわときた。なんというか、田舎で年齢層の高い職場だったので、家族とか家庭の話題が多かった。ご両親は~とか実家には帰省しないのか~とかそういう感じの、ふつうのひとならどうでもいいような話題に、すこしずつざらざら削られていく感じ。正直に「子どものころからの夢で、実家からは逃げてきたんです」と言えればよかったのだろうか。よくはなかっただろうな、人間関係的に。ニコニコ笑って嘘をつくのだ。当たり障りのない嘘だ。でもおぼえてないと、ぼろが出るのが嘘というものだ。これじゃ子どものときと同じだ。

 まあそのほかにも、部署の人員が半分になったのに仕事をふやされるとか、夜中に呼び出されて無意味な説教をされるとか、そういう感じのところだったので、もうだめだと思ってやめてしまったのだ。

 そんなところにしか就職できなかったのが運の尽きよ。いや運じゃないな。人間性とかそういう、大切なものが足りていないのだ。

 

 子どものころ、ずっとおとなになればと思っていた。おとなになればだいじょうぶ。おとなになれば殴られない。おとなになれば耐えられる。おとなになればひとりぼっちになれる。おとなになれば生きていける。おとなになれば、おとなになれば。どこかで、スイッチを切り替えるように、ポケモンが進化するみたいに、べつの人間に生まれ変わるように、りっぱなおとなになれると信じていたのだ。でもちがった。おとなはこどものつづきでしかなかった。完全に地続きで、ちゃんとしていない子ども、欠けた子ども、足りない子ども、そういうのは、ただそういうおとなになるだけだってことだ。あるいは、そういうおとなにすらなれないってことだ。

 

 そういうことにようやく気づいて、いかに自分の子どものころの「はやくおとなになって、自立して、ひとりぼっちで生きていくこと」という目的、目標がばからしいことかよくわかった。それを満たせば安心して生きていけるんだと思っていたこともばかばかしい勘違いだった。

 結局、自分のように、ねじれた家庭で育った子どもは、おとなになろうがなるまいが、生きていくのに子どものころとおなじくらいの苦労がいる。生きてるかぎりずっといる。ずっとずっと。薬を飲んで気持ちを落ち着かせて、病院で先生と話をして、なんかかんか生きて、それでも根本的には治ったりしない。ふつうのひとより労力をかけて、ふつうのひとよりふしあわせな人生を歩んでいくほかない。

 これから生きる数十年は、これから背負う数十年の労力に値するのか。答えは出ている。値しない。病気だからそう思うのかもしれないが、いまの時点では値しないと思う。生きるのに値しないのに生きている。人生というか、自分が。

 生きていくのは難儀だが、死ぬのはもっと難儀だ。いつもの結論。日本には死に場所がどこにも見当たらない。迷惑をかけずに死ぬのはむずかしい。できれば自分からスッと火葬場に入っていくくらいの気遣いをみせたいものだが、まあかなわぬことを言っても仕方がないので、また、ぐるぐるとするしかない。