うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

むかしのはなし「かぞくだなあとおもったはなし」

 小学生のころの話なんですけどね、夕食中になんか、父の気に食わない話をしてしまったらしく、食卓から引きずり降ろされ、リビングのほうで殴られたわけですよ。蹴り倒されたりとかですよ。まあこのときはおそらく、父の機嫌が悪かったんでしょう。余計なことを言ったのかもしれないな。わからん。

 で、リビングのほうは電気がついてなくて暗かったんですよ。殴るときにわざわざ電気つけに行くひといないでしょうしね。でも食卓のあるダイニングは明るかったんです。そりゃ飯食ってますからね、パソコンつけて夜中にひとりで夜食食うやつとか、電気を止められた家でもないかぎり、夕飯中には電気つけますからね。

 そしたらそこでごはん食べてる三人が見えるわけですよね、上と下にきょうだいがいるので。それプラス母で三人です。殴られとる奴がいるのに飯食っとるの? とか思われるかもしれませんけど、父親に子どもが殴られてるときに「やめろや!」って突っ込めるやつ、稀少ですよ。とくにきょうだいなんか無理ですよね。だって自分も殴られるかもしれないし仕方ないじゃないですか。たぶんそういうことですよ。母親はどうした! とか思われるかもしれませんけど、止めに入った場合、母親も殴られてしまいますからね。被害者を増やすだけです。むだなんですね。そもそも、昔よく殴られていたのは母で、まあそれ止めてたこともありましたけど、むだでしたからね。学習したんでしょう、母も。頭の悪いひとでしたけど、ほかのやつが殴られてるときは自分は殴られないっていう学習はわりに早かったような覚えがありますね。

 暗いところで父に殴られたり蹴られたりしながら、もちろん小学生の体格ですから、床にはいつくばって蹴られたりもしてるわけですけど、そのときふと、あかりのついてる食卓で三人が飯食ってるのを見あげてね、なんとなくですけど、そのあかりのなかにいるのが、そういうものが、家族というものなんだなあ…と思ったんです。よくわからないけど。こうやってはいつくばって見あげるものが家族だと思ったのかもしれない。そういう話です。

 

 この話をですね、生活保護課の職員さんにしたらですね、ほんとうに同情している、痛ましいような表情で、「お母さんとかに助けてって言えたりはしなかった?」ってきかれたんですよ。生育環境の差ってすごいなって思いました。だって母に助けてもらえるなんて思ったことないんです。記憶がない。覚えてない昔にはあったかもしれないけど、母というものは、いつもなんか我慢してて、いらんことまで引き受けてまで我慢してて、大人なんだから耐えなくていいものを、逃げればいいものを、むだに耐えていて、だから、機嫌を取ってやったり、愚痴を聞いてやったり、顔色をうかがって、きょうの機嫌は、気分はどうなのかな、体調悪くないのかな、って必死に空気を読みながら世話してやらないといけないものなんです。助けてって言ってるのはあっちなんです。だってのに、こっちから、助けてって言います? 互いにタスケテーとか言ってたらアホでしょさすがに。

 ほかのひとっていっても、父に殴られてるんですっていうの、いったいだれにいえばよかったんですかね? わかんないです。恥ずかしいことだと思ってました。学校の先生にも、親身にしてくれた塾の先生にも言えませんでしたし、昔に心療内科に通わされたときにも、言わずにいました。だって言ったからって殴られるのが終わるとも限らないし、恥ずかしいと同時に、父や母にに恥をかかせたくもなかったんです。父が好きでした。母のこともそうです。好きだったし、好きになってもらいたかったし、家族になりたかったけど、無理でした。

 

 というわけで、家族というものは、暗いところから見上げるもの、夜に走るバスや路面電車のなかの遠いあかりのようなものなんです。

 

 あ、血液検査の結果、めっちゃよかった。すべて正常範囲。ちょっと貧血気味かな~くらい。ミックスナッツつえ~これからもミックスナッツとチーズで生きます。