うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

うつ「自分の傷を話すということ」

 めっちゃ放置してた。生きてます。食欲は相変わらずなくてミックスナッツとさけるチーズとみかんで生きてるんだけど、生きられるものだ。こないだ血液検査をしたので、その結果によって、ちょっと、食生活改善を、考えていかねばならない、かもしれない。できるかどうかはべつにして。

 

 まあそれは置いておいて、表題の、自分の傷を話すということ、なんだけれども、一般にこれはいいことと言われている。言葉にすることで記憶が整理できる。他人と共有することで、自分だけの重荷じゃなくなる。いいことづくめやん。そんなかんじ。

 でも、自分の傷というか、昔のつらかったことを話しても、どうしても楽にならない。むしろ落ち込む。自分が悪かったんじゃないか? 自分のせいだったんじゃないか? 両親は大学まで出してくれた、いい親なのであって、ただ、ちょっとつらかった記憶だけを選び取って、あるいは頭のなかで勝手に作って、ほんとうは傷ついてなんかいないのに、傷ついたふりをしているだけなんじゃないのか? 扱いにくい子どもを授かってしまった両親こそ、むしろ、被害者なんじゃないのか? 仮に、親がただしくなかったとして、悪かったとして、子どものころの記憶をこの年まで引きずって、自己解決できず、働くこともできず、生活保護で生かしてもらっている自分は、おそろしく幼稚で、生きるに値しないのじゃないのか。

 とかなんとか、ぐるぐるしてしまう。

 自分は欠陥品だという認識が、ふとしたときに胸のなかに立ちのぼって、息が止まるような不安を感じる。

 ぐるぐると不安を感じないために、娯楽品(本やら漫画やら)に逃げてみるけど、逃げたところで、逃げたぶん、あとからまた余計にぐるぐると不安を感じてしまう。

 

 このあいだ、受診したときに、規定時間をオーバーして先生にいろいろと話をしたのだけれども、結局こんな感じだった。情けなくて泣きながら帰ってしまった。つぎの受診のとき、話してどうだったか聞かれたけれども、落ち込んだ…としか言えないのも情けなかった。時間をむだにさせてしまった。つぎの患者さんも待たせてしまったし。

 相手が(仕事だからという理由であれ)やさしく接してくれればくれるだけ、負債が増えるような心地がする。それにまた、情けなさを感じ…というぐるぐる。

 

 たぶん、相手の期待に応えようとしすぎなんだろう。能力もないのに。

 

 完全に表題から離れた。まあいいや!