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うつでなまぽ

うつでなまぽな生活です。

生活保護「職員さんの家庭訪問」

生活保護

 家庭訪問、二回目。

 うすうすそうじゃないかと不安に思っていたが、扶養照会の結果についてだった。母が、引き取ってともに生活ならできる的な返事をしてきたという。職員のめがねさんが来て、そっと説明してくれた。

 めがねさんには、家庭の事情をうっすら、うそはついていないがすべて話してもいないような感じの説明しかしていないのだけれども、こちらの反応がどう考えてもおかしいので、おそらく「あっ(察し)」みたいな感じにはなっている。

 なので、「どうですか」とたずねてくる態度にも、こちらの反応をうかがうような感じがあった。

 

 母は、過去にあったいろんなことを、過去に終わったことだと思っている。こちらのことを、すでに終わったことにしがみついていると思っている。もう終わったことなのに、いつまでも、自分たちを責めるために、過去のことを言いたてて、もうおとなになっているのに、子どものころのことをぐちぐちとくりかえしているんだと思っている。

 思っているのに、本人にそういうと、そんなことは思っていない、という。

 母には、理想とする母親像があって、それにつらなる、理想とする子ども像がある。理想とする子ども像に合致しない子どもは、理想とする母親に合致しない母親である自分を責めているんだと思っている。

 思っているのに、本人にそういうと、そんなことは思っていない、という。

 母は、いうことと、行動が、ぜんぜん違って、ゆっくりすればいいよと言いながらせっつき、もうちょっとがんばらないとと言いながら足を引っ張る、奇妙なことをする。

 いまの精神状態で、母や、父といっしょに暮らすことになれば、たぶん、死ぬか殺すかの問題に踏み込むだろうなと思う。

 

 でもこんなわがままみたいなことが、ゆるされるんだろうか……と思いつつ、「同居は無理だと思います……」みたいなことを言ったら、めがねさんは、「あなたの意向がいちばん大切だからね」ということで、このままいけることになった。

 ええんかい。

 そのあとべつのことをいくつか話して、めがねさんは、寒いなか帰って行かれた。

 

 めがねさんが帰ってしまったあと、だいぶ泣いた。ひさびさに声を出して泣いてしまった。生活保護を申請するまえに、母とはすこし話し合ったのだけど、なにもつたわってなかったし、やっぱり無駄だったんだなあというか、そういう感じで、だいぶ泣いていた。

 

 これまでいじめを受けたこともないし、他人からひどいことをされた記憶もあまりない。生活保護申請にあたっても門前払いとか、てきとうな対応とかもされず、精神科に受診しても、親身になって治療してくれる先生に出会うことができたし、だいぶ対人運が振り切っている人生をあゆんでいるなあとつねづね思っている。

 でもなぜか、家族とはまったくうまくいかないんだなあ~。