うつでなまぽ

うつでなまぽな生活です。

うつでなまぽの前段階「死のうと思った」

 死のうと思った。

 というのは間違いで、死のうというより、どうやら死ななければならないようだ…と悟った。

 死にたい、死んだほうがいい、と思ったことはまあ人並みにあったが、こんなふうに、ほとんど確信に近いような状態で考えたのははじめてだった。

 

 生きている価値がない。生きていても意味がない。このままでは人に迷惑をかける。このさき絶対にいいことは起こらない。ものごとは悪くなっていくばかり。

 だから死ななければならない。

 

 それで、死のうと考え、なにをしようかといろいろ考えた。

 いろいろ考えたが、どうやら死ななければならないのに死ぬことはとてもむずかしいとわかった。なにをしても人に迷惑がかかるからだ。

 

 まず賃貸である現在のところの自分の部屋でなんらかの手段を講じた場合、この部屋は心理的瑕疵物件ということになる。価値が下がる。不動産屋さんは大迷惑だろう。

 どこかのビルから飛び降りた場合、うっかり下を通る人にぶつかったら最悪なんてものじゃない。巻き添えだ。それがなくとも、そのビルの持ち主もいやな気分だろうし、第一発見者はおそらくトラウマになる。

 川や海に飛び込んだ場合、正義感のつよい、すばらしい人が救助に来てしまうかもしれない。寒いのに。もしだれも来ず、沈んで安らかに死ねたとして、水死体がもし上がってしまったら処理する人があまりにかわいそうだ。第一発見者はトラウマだ。

 というか、第一発見者はとにかくトラウマだ。見知らぬ人の悲惨な死体なんかだれも見たくはないだろう。そういうのが好きという人もいるかもわからないが、そんな人が偶然見つけてくれる可能性はどれくらいだろうか。

 参ったぞ。死ななければならないのに、どうすれば人に迷惑をかけずに死ねるかわからない。

 

 ここで、ちょっとだけ正気に返った。

 

 いや、なんで死ななきゃならないんだ。たしかに金もない職もない若さも失いつつあるというけっこうな苦境に立たされてはいるが、「死ななければならない」ってなんだ。自分相手だからと言って偉そうに。自虐のつもりかもしれんが、自分だけに言ったつもりでも、おまえと同じような属性の人間すべてに、おまえは「死ななければならない」とレッテルを貼ったんだぞ。わかってるのか。だいたい、無意味だろうが無価値だろうが、それで「死ななければならない」とはどういう了見だ。

 とかなんとか、考えた。

 しかし、「”死ななければならない”という考えはおかしい」という考えを、ちょっとぼうっとする間に、「死ななければならない」という考えが塗りつぶす。「無意味だの無価値だのいってんじゃねえよ」という考えを、「生きていても意味がない、生きている価値がない」という考えが塗りつぶす。

 ちょうど、怖い夢からめざめて、「あれは夢だから大丈夫」と自分に言い聞かせながら、でもそれが信じられずに震えているような感じ。

 そうしてだんだん、どっちが正しいのやらわからなくなってくる感じ。

 

 どっちが正しいかわからなくなると、現在の状態が正常か異常かさえあいまいになってくる。暗い考えが人生の真理のように思えてくる。たまに「精神状態がやばいな」と思うけど、すぐに「いや、妥当なことを考えているだけ」と思いなおす。

 

 そんな感じで無職で就職(転職? 再就職?)活動中だったのだが、面接で落ちる落ちる。理由のない不安感や焦燥感があり、視線がうろつき、相手と目が合わせられない。「○○はできますか?」と訊かれて、経験したことのある業務であっても、「が、がんばります(不安げ)」みたいな返答。受かるわけがない。

 

 「死ななければならない」「あほか」

 「死ななければならない」「いやいや」

 「死ななければならない」「うーん」

 「死ななければならない」「そうかなあ」

 「死ななければならない」「そうかも」

 「死ななければならない」「死ななければならない」←イマココ!

 という感じになったのが11月はじめ。

 でもまだ人の迷惑を考える余裕があった。なので、実行にはうつさなかった。

 しかしもー長きにわたった無職生活のおかげで生活資金が尽きていた。アルバイトをしてとりあえず11月、12月まで稼ごうとしたものの、諸事情で高給だったアルバイトが中止になり、11月をぎりぎり乗り切れる程度の稼ぎの見込みしかなく、そのうえいろいろな意味でもう完全に無理みたいな状態になってしまっていた。

 このままいくと、判断能力が落ちて人の迷惑とかを顧みる余裕がなくなり、実行するなあ…と感じた。やべーなというやつ。

 

 これはもはや、なまぽ(生活保護)しかないな…と意識した。

 まあ無理だろうとも思った。まだそこそこ若いし。よくニュースとかにもなってたように、職員に「働きなさいよ」的なことを言われて水際作戦で追い返されるはずだ。

 

 でもそれでいいんじゃないのかと思った。

 なぜそう思ったかと言えば、現状、甘ったれていると思ったからだ。たるんでいる。だるいとか気分が落ち込むとか死ぬべきだとかぐだぐだ言っているのは甘えているのだ。どうせならプロ(?)に判定してもらおう。「おまえは甘えてるんだ、くだらないことを言ってないで働けよ、若いんだから」とか言ってもらおう。それがいい。

 

 なにひとつよくないわけだけれども、こういう感じが前段階だった。

 それでどうなったかというと、ブログタイトルがネタバレなんだけれども、ゆっくり書いていきます。