うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

治療「おくすりがさらに増えました」

 不安感がひどかったので、フィコンパとかいうやつを。診察室で主治医の先生に説明されたとき、「ピコンパ」と聞こえて、ずいぶんかわいらしい名前のくすりだなあと思ったが、薬局でフィコンパだとわかった。2mg。

 主治医はあまり薬を増やしたくない方針らしいので、朝にのんでいるイフェクサー3カプセル(最大量)を減らして行けないかとか考えていたのが連休まえ。

 

 で、漢方薬と朝イフェクサー寝る前フィコンパベルソムラランドセンで3週間過ごしたところ、てきめんに不安感が消え、代わりにうつになったっていう。なにこのもぐらたたきみたいな状態。あっちたたいたらこっちが……みたいなのいらないから。

 ほんとうにやる気が起きないというか、なにもしたくないっていうか、なにもできないみたいな気持ちになる。なにもかも無駄で、なにもかもが死ぬまでの時間つぶしでしかないような気がしてくる。生きていてどうする、どうなる、どうにもならない。

 不安感もイヤだけどうつもキツイ。どうしてこう治らないんだろうな。そろそろまともに働いていた期間よりなまぽ期間のほうが長くなってしまうよ。生きている意味……ねえなあ~!! でも死に場所もねえんだな。元気になりてえな~!!!!!!

 

 令和の肉、食べるの忘れていました。

発達障害「なぐさめられたいわけじゃなくて」

 このところというにはずいぶん長いこと、アスペルガーのあつまりに参加していた。いろいろやった。いろいろ得たものはあったのだが、最後のまとめにいたって、率直に、「わたしは周囲に迷惑や不快をかけたのではないかと後悔している」と書き記した。これがいけなかった。わたしはなぐさめられたかったわけでも否定されたかったわけでもない。そうじゃないよだいじょうぶだよと言われたかったわけではない。おまえはそう感じたんだねと受容してほしかった。贅沢だろうと思うがそうしてほしかった。

 しかし当然ながら現実はそうならなかった。司会のひとがこのひとはこう感じているようだけれどみんなはどう思う? と質問してくれた。やめてくれ。数人がそんなことはないよと否定の言葉をくれた。やめてください。そんなのこの状況じゃそういうしかないじゃないか。わたしが無理やりそういうように仕向けたんじゃないか。信じることのできないわたしがみじめだし、わたしはそういわせたかったわけじゃない。ただそうなんだねと思ってほしかった。

 ひとにこう思ってほしい、こう受け取ってほしいなんて贅沢で傲慢なことだがそうしてほしかった。わたしが感じたことを否定されたところで、べつにわたしはなぐさめられたりはしないんだ。わたしがそう感じないためにはわたしの努力が必要で、他人の言葉やなにかで変わったりしないんだ。だから無理なことをさせてしまったことがとてもみじめだし哀しい。

 

 でもこの考えに行きつくまでに約一時間ほどかかるので、傷ついたことにも、その理由に気づくのにも、ずいぶん遅れて意味がなくなってしまう。人づきあいに向いていない、生きるのに向いていない、生まれてくるべきではなかった。いままで生きてきたのがまちがいだった。かといっていま死んだところでまちがいは是正されない。現実はいつも厳しい。どうしようもない。いつだって消えてしまいたい。

 

 ので、なんとなく、ガーデニングをはじめた。ガーデンはないけど。とりあえずラベンダーを育てている。ベランダでラベンダー。洒落かよ。

 

 もうすぐ令和になるが、きっとなにひとつ変わることはないんだろうという気がしている。せっかくだからなにかお祝いでもしようか。肉でも食ってな。お祝いはいつだって肉。

精神科受診「おくすりがふえました」

  わたしの主治医はできるだけ薬を増やさない方向でいきたいらしいんだけども、わたしがどうしても夜ねむれない、中途覚醒がひどいので、ランドセンという薬を一日1mg追加することになった。よく眠れるようになった。完。

 

 というのも味気ないのでちょっと長く書くけれども、このランドセンという薬、商品名なのだけど、依存性が高いらしい。でもまあふつうは体重kgあたり0.1mg処方らしいので、1mgでどうこうなるのかはよくわからん。GABAの働きをよくしてリラックスさせ、不安を取り除くのが効能だそうな。副作用として眠くなると。なるほどまあいい薬ですなあ。

 ただふしぎなのが薬のパッケージングで、ふつうのシートじゃなくて袋? みたいなのに入ってる。なんだろうな。袋ラーメンとかの調味料いれのちっちゃいやつ、アルミでできてるようなのをさらにちっちゃくして錠剤が入ってる感じ。取り出しにくい。なんで錠剤なのにこんなことになってるんだろう? わからない。

 

 まあとりあえずはちょっと落ち着いてゆっくり眠れるようになったので、よかったというところ。春は木の芽どきだから体調悪いのかな。漠然とした不安というやつかしら。いつまでこんなのがつづくんだろうな。

こもごも「自転車で走る」

 体重はそんなでもないんだけど体脂肪がヤバいので、運動せねばと思って自転車を買った。ロードバイクとかのおしゃれなやつじゃなくて中古屋で6000円くらいで売っていたママチャリではないけどマウンテンバイクでもないみたいなやつ。ハンドルが一直線になってるやつ。一時期、ハンドルが曲がったママチャリがかっこいいみたいな風潮があったけどなんだったんだろうね。わたしの好きなハンドルまっすぐ型の自転車が激減してほんとうに迷惑な風潮だった。

 

 で、その日に走ってみたんだけど、ちょっとの距離でものすごく疲れてしまい、運動不足やべえ……と戦慄した。あとから思い返すと、自転車に乗るのがひさしぶりで勝手がつかめず無駄な動きが多かったこと、その日食事を抜いていたことがあいまってそんなことになってしまっただけのようだ。でも、以前より走れなくなっているのは確かなので、やっぱり運動不足がやべえのは変わりねえ。

 

 わたしは目的のない運動ができない(すぐ飽きてやらなくなる)ので、移動手段を自転車にすることで運動量を増やすというのはおそらく効果的だろうと思う。ただ、たまには原付にも乗らないといざというときに動かなかったら困るから、そのへんも考慮しつつやっていきたい。

 

 あまりに原付になれた生活を送っていたため、自転車に乗っていても原付のくせが出てしまう。後方確認にサイドミラーを見ようとする(ないのに)、青信号発進時に右手をひねってエンジンをふかそうとする(ないのに)、曲がるときに方向指示器のスイッチを指ではじこうとする(ありはしないのに)。ヘルメットかぶってない!!! とビビったこともあったな。

 しかし、こうしてみると自転車ってこわい乗り物だよなと思う。後ろは見えないし、どちらに曲がるか周囲に知らせることもできないし(手信号というのはあるがあれは片手運転にならないのだろうか)。現在は自転車を歩道から車道に追い出そうキャンペーンがさかんだけれども、ヘルメットもかぶってない、ほぼ生身の状態で、車道を走る勇気がわたしにはない。

 原付に乗っているとき、野放図な自転車のふるまい(車道の右側を走行、左折する車をよけて思いっきり車道へ入り込む、後方確認をしないまま歩道から車道へ入ってくるなど)に辟易していたが、自転車に乗っているとむしろかれらの蛮勇に感心する。自殺願望かドライバーを憎んでいて命に代えても罪を背負わせたいのだとしか思えない。いくら歩行者と車の事故ではドライバーに責任がおっかぶせられるとはいえ、死ぬのは確実に自転車乗り。

 

 とりあえず事故死はいろいろと迷惑だと思うので、自転車でも安全運転を心掛けたい。

治療「あいかわらず調子はわるし」

 どうにもパッとしないので薬が増えた。朝、イフェクサーカプセル二つだったのが三つへ。75mgが三つだから225mg。計算しにくっ。なんでこんな微妙な量なんだろう、イフェクサー。これが最大量らしい。

 整理すると、いま服用している薬は、

 

 朝:四物湯2.5mg、桂枝加芍薬湯2.5mg、イフェクサー225mg

 夕:四物湯5mg、桂枝加芍薬湯5mg

 寝る前:エビリファイ2mg、ベルソムラ20mg

 

 こんなかんじ。この処方でなにが困るかというと眠い。ひたすら眠い。夜はよく眠れるけど昼も眠く、しかし昼寝はできない。すごく眠いのに眠れはしないのだ。最悪のやつだ。

 四物湯+桂枝加芍薬湯はフラッシュバックにきくらしいが、よくわからない。あいかわらず、ちょっとしたきっかけ(両親に似たひとを見るとか、キーワードにふれるとかなんとか)でぞわぞわぞわっとおののく感じがある。子どものころに一気に引き戻されて、危険だ! というアラートが鳴り響く感じ。なんかアレルギーのようだ。過剰防衛だよな。すくなくともいまいるところにとどまるかぎり、両親と遭遇する確率はかなり低く、くわえて遭遇したところでなんだというのだ。なにを怯えているんだ、もう三十路のくせに。

 あと、なにかしているといろんなことを忘れられて元気でいられるのだけど、反動がすごい。まえにも書いた気がする。忘れていたことがもどってきたときがヤバい。なんで忘れてるんだ、なにを逃げてるんだと罪悪感がのしかかってくる。逃げたっていいだろと意識は思っているけど、無意識は逃げてはいけないと思っているぽい。めんどくせー無意識だよ。そして、腰にバンジージャンプ用みたいなゴムがついてて、それがいやな記憶とむすびついていて、離れれば離れるほど、結局はいやな記憶に思い切りたたきつけられるような、そんな感じ。むりです。むりむり。

 

 いいことなのか悪いことなのかわからないが、以前はエビリファイ2mgを飲むと翌日ソワソワしてたまらなかったのが、いまはとくにない。これはあれか、慣れたのか。体が。よくわからない。

昔の話「ろくでもない子どもVSろくでもないおとな」

 過去のことに関して、「わたしが悪い」と「わたしは悪くない」をずっと行ったり来たりしている。裏を返せば「親は悪くない」と「親が悪い」でもある。

 わたしはろくでなしの育てにくい子どもで、だから親も手を焼いてああいう対応をせざるを得なかったんじゃないか。そうだとしたらわたしが悪い。親は悪くない。しかしそもそも、ろくでなしの育てにくい子どもに育ったのは、いがみ合う親を見て育ったからじゃないのか。それならわたしは悪くない。親が悪い。

 厄介なのはこれが証明しようのない鶏卵の問題だということ。本来の鶏卵の問題は、最初にあったのは鶏に決まっているけれども、わたしと両親の件はどうにも決まらない。子どものころのことなんてはっきりと覚えてない。ろくでなしになったのは、わたしが先か親が先かなんてもうだれにもわからない。両親は都合の悪い記憶を書き換えて本気で信じられる人間なので、信用できない。かといって自分は覚えてない。どうしようもない。ないから、行ったり来たりするしかない。

 そんでもって、どっちにしてもわたしは救われないというのが終わっている。救われない原因が自業自得なのか理不尽に降りかかった災難なのかというちがいでしかない。親が全面的に悪くたって、いまさらつぐなってもらいようがないしそんなことはしてくれないひとたちだし、わたしが全面的に悪くたって、いまさらつぐないようがないしどうしようもない。

 

 あと、この件について、わたしはどうしてもゼロかイチかという考えかたしかできないようだ、ということがわかった。たとえば、親に対して「あなたたちもよい環境で育ったわけじゃないし、あつかいにくい子どもだった。でもやりすぎたよね」、わたしに対して「親はたしかにやりすぎた。でもおまえも悪いことをしたよね」とかフィフティ・フィフティくらいに見られたら平穏なのかもしれない。でもそれができない。白黒思考というのか、どっちかが一方的に悪いのでないとわたしは受け入れられないようだ。理由はよくわからない。

 自業自得にせよ、災難にせよ、わたしの子ども時代はとても苦しかったから、フィフティ・フィフティのぬるいジャッジで片付けたくないのかもしれない。自分でも親でも、責められるなにかがほしいのかも。でも、それで苦しんでるのが自分なんだから、ばかだよなあ。

昔の話「過去得られなかったものを現在に求めるな」

 フラッシュバックがひどい。

 メンヘラはフラバフラバっていうけどフラバってどんなかんじやねんと思うひとのために説明すると、「ある刺激によって過去のできごとが想起させられ、そのときの感情をよみがえらせてしまうこと」がフラッシュバックらしい。これはとくに引用とかではないわたしなりのまとめなのでまあ話半分に受け取ってほしいけれども。これ、いいことを思い出してそのときの感情がよみがえる……とかだったらイイハナシダナーで終わるのだけれども、だいたい最悪の記憶を思い出して、最悪の感情がよみがえる。人生ままならないね。

 

 わたしの場合は父とか母とか家族とか、そういう言葉でフラッシュバックが起きがちなので、父の日、母の日、家族イベントなんかがだめなんだけれども、そうすると世界はもう地獄でいっそ殺せみたいな感じになる。フラッシュバックを起こさないためには引きこもっているしかない。でも引きこもっていてもトリガーが謎なままフラッシュバックは起こるんだよなあ。ほんとうに謎です。やめてください。

 

 フラッシュバックをきっかけに忘れてたことや気に留めてなかったこと、というか気に留めていないと思っていたことを思い出すこともあって、それについて考えたりもして、また落ち込んだりもするんだけれども。なんの話だ。まあいいや。

 

 このあいだ、わけのわからないぐちゃぐちゃの夢を見て、そのなかに父母が出てきて、起きたときに最悪の気分で、昔のことを思い出した。

 ひとつは、父が子どものころ、母親(わたしにとっては祖母)が働いていたので日常的に家を空けていて、それがイヤだったから、働いていた母に対し結婚を機に専業主婦になるよう求めたこと。あともうひとつは、母が子どものころ、妻を亡くした父親(わたしにとっては祖父)と、父親の後妻と、その子ども、そして母という家庭で、自分の家族が欲しいと望んで父と結婚したこと。

 はたから見ると父母の願いはかなったようにみえる。でもダメだった。なぜかといえば、おそらく、父と母は「母親が家を空けない家庭」、「自分の家族といえる家庭」に、その家庭の子どもとして存在したかったからだ。父親として、母親として、そういう家庭をつくっていく、それを自分たちの子どもにあたえるというのはたぶん、彼らの願いではなかった。

 なので当然のごとく破綻した。なにが当然って、子ども目線での理想の家庭を、子どものまま、父親・母親の立場でつくろうとすればそれは破綻するに決まっている。父親と母親の子どもは父親や母親の子どものころとイコールではないし、父親・母親にはそれぞれ伴侶がいる。人物も違えば環境もまるで違うのに、そもそも実現したことがない理想の家庭でしかないのに、それこそが至高だと考えているんだから、うまくいくはずがない。しかも、ひとつの家庭にふたつの理想を持ち込んでいる。無理無理。

 

 これは教訓と受け止めるべきかもしれない。過去得られなかったものを現在に求めるな。子どものころ抱いたあまったるいあこがれをひとに押し付けるな。わたしの場合は、子どものころ得られなかった健全な親の愛をほかのだれかから受け取れると思うな、ってところだろうか。まあ、そんなもの、もうだれにも期待していないけれども、自分でそう思っているだけでじつは期待しているかもしれないので、自戒しておくべきだろう。

 

 新年早々(といってももう10日だけど)破綻した記事だ。うつでなまぽを今年もよろしく。今年はなまぽを脱したいなと思っているけどまったくめどが立たない。泣きたくなるほど未来が見えない。というか泣いたわ。なのでまあ今年の目標は死なないことです。