うつでなまぽ

うつ病でPTSDでアスペで生活保護受給中の生きものがいろいろ書きます。

昔の話「父方の祖父たちの話」

 なんとなく思い出したので書く。

 

叔父の話

 父親の家族構成は、祖父、祖母、叔父(わたしから見て)。つまるところ父親には弟がいる。顔はあまり似ていない。祖父はなかなかの男前なのだが、祖母はまあ不美人で、父親は祖父強めの祖母ミックス、叔父は祖母強め、みたいな顔をしている。性格はまあ似ている。が、外面はあまり似ていない。というか叔父の外面は見たことがない気がする。

 

 この叔父は結婚していないのだが、結婚しないというよりできないタイプなんだろうな、と幼心に思っていた。なんか鬱陶しいからだ。父親に通ずるところがあるのだが、自分がおもしろいと思っていることをウケていないのに繰り返す。延々と。

 波田陽区の「残念! なんとか斬り!」とかいうギャグが流行っていたころに、正月のあいさつに祖父宅を訪ねたら(叔父は祖父祖母と同居している)、ほんの30分くらいのあいだに10回くらいそれを繰り返していた。だれも反応せず、だれもおもしろがることもないのに。

 そのときの年齢を覚えていないが、「お父さん、うるさいって言ってくれないかな」と思っていたような気がする。祖父は孫に金をかけてはくれたが、強烈な男尊女卑者なので、男がやることに女がくちをだすと不機嫌になるのだ。ちなみにめっちゃ右翼的考えの持ち主でいまだに中国をシナというし韓国を朝鮮とひとくくりにするし三国人とか言う。太平洋戦争時にはまだ学童で、勤労奉仕くらいしかしていなかったはずなのだが。教育ってこわいね。

 

 わたしが中学生くらいのときだったろうか、叔父が結婚するという話が出た。なんかよくわからんがなんかわからん女性と知り合ってなんかよくわからんが結婚するらしいということを祖父が父親に連絡してきたのだ。意味がわからん。意味がわからんので父親は祖父宅を訪ねることにした。理由は忘れたが、なんかの用事のついでだったのか? わたしもついていった。

 父親が祖父に話をきくと、「叔父が結婚する」、「結婚相手の母親は病気らしい」、「金をいくらか貸してる」、「会わせろというが先方が会いたくないそうで、顔を合わせたことはない」ということを説明しだした。

 詐欺以外のなに?

 わたしはマジかよ正気か? と思いながら話を聞き、父親は「いやそれはおかしい」とひたすらに説得していた。叔父はたぶん父親が来てなんやかや言われるのをきらってどっかへ出かけていた。

 父親は常識的な説得を試みていたが、祖父は四十をすぎた息子がやっと結婚するということにかなり期待をかけているようで、聞く耳をもたない。ついでにいうと父親はかなりのファザコンなので、あまり祖父に強くものを言えていない。さらにいうと祖母は奇人のたぐいで、とくになにかにかかわったりはしないし、父親はこの祖母が大嫌いなのもあり、祖母があらゆることに無関心なのもあり、祖母はあらゆることに関係してこない。ちなみに孫はそこそこかわいがってくれる。

 あからさまに詐欺の事案を聞いただけで帰る車中、父親が助手席に座るわたしに「結婚するってのに親にも会わんっておかしいよな? 金までかりとるのに」とマジトーン言ってきた。中学生の娘に言うことじゃないだろと思いつつ、「どう考えても詐欺じゃん。おじいちゃん結局いくら貸したの、顔も知らん人によく貸せるよね」「わからん……〇〇(叔父の名前)と話さんことには……」とか言っていた。

 

 まあ結局この件はどうにもなることなく、当然詐欺で、叔父は結婚できず、金はかえってこず(何百万とか何千万単位)、父親はなにもできることはなかった。

 父方の男ども、父親をふくめて、無能。祖父は詐欺で大金を失うバカジジイ、叔父はあからさまな結婚詐欺に食いつくジジイ、家では暴君としてふるまっている父親は役立たずの無能ジジイだった。

 世間体(笑)とかなんとかあるので、たぶんこの件は警察には届け出ていないと思う。

 

祖父の話

 祖父があるとき突然言い出した。家を建て替えると。祖父宅は二階建ての一軒家でかなり古く、冬は寒い。なかなかレトロなつくりでわたしはその点だけは祖父宅を気に入っていたのだが、住んでいる家主が立て替えるというんだから反対する理由も権利もない。ハイハイ立て替えるんですね、と受け入れた。いま思うと、もうちょっと二階を探検しておけばよかった。

 

 祖父はまた言った。立て替えて二世帯住宅にすると。二世帯ってなに? 一世帯は祖父祖母叔父? 叔父は世帯主? だったらもうすでに二世帯じゃない? ここんとこよくわからんが、とにかく、いっしょに住もうぜということだ。

 全員が嫌がった。

 ファザコンの父親さえ嫌がっていた。

 すでにマンションの一室ではあるが家はあり、3LDKでとくに不自由はないのだ。祖父宅の敷地は狭く、どう考えても居住領域はいま住んでいるところよりも狭くなる。車もすでに祖父、叔父の車で車庫はいっぱいなので、駐車場をあらたに借りなければいけない。というかすでに家があるんだよ家が。祖父宅と父親宅はおなじ市内ではあるがかなり離れているので、学校やらなんやらの問題も出てくる。いくつくらいのときだったか忘れたけれど、中学生だったら確実に転校だし、高校生だったら確実に遠くなる。唯一父親の勤務地だけが多少近くなりはするのだが、父親は公務員で異動が多いので、そのメリットもいつまでつづくかわからない。

 こういう現実問題のうえに、感情的な問題もあった。祖父とはたまに会う程度なら我慢できるが、毎日顔を合わせるとなるとうんざりするだろう。母親は、娘を生んだときに「なんだ、女か」と吐き捨てたという祖父を心底恨んで嫌っているので、耐えられないだろう。祖母は無害だからいい。叔父はなんかイヤだった。父親以外全員女という家庭で育ったので、気が合わないし仲良くもないがなれなれしい異性というのはちょっとどころではなくだいぶイヤだった。思春期をなめるな。

 

 こうして全員が難色を示し、父親が代表して「おれたちは絶対に引っ越さんし、建てても住まんから、建て替えるのはいいが二世帯住宅は無駄だからやめろ」と訴え続けたが、驚くべきことに、二世帯住宅は建った。クララが立った。ずっと座っていろ。

 二世帯住宅というと、ふつう、玄関が別で基本的に別個の家、みたいなのを想像すると思うが、祖父考案の二世帯住宅はちがった。敷地が狭かったので玄関を二つ用意できなかったのだ。よって玄関はひとつ。ふつうに一階と二階があって、ふつうの階段でつながっていて、一階にも二階にも風呂と台所とトイレと洗面台があるだけの、謎の二世帯住宅だった。

 ていうかこれ、ただの家じゃん?

 この設計を受けた建築会社とか、不思議に思わなかったんだろうか。もういっそ、ふつうの家でよくね? 台所とかふたつずつつくるの無駄じゃね? ただでさえ狭いのに、さらに狭くならね? これで二世帯が暮らすの、無理じゃね? そう思わなかったんだろうか。どうでもよかったんだろう。まあひとの家の事情だしな。

 ついでにいうと、部屋はびっくりするくらいひとつひとつの部屋が狭い2LDKだった。姉といっしょに二階へあがり、その狭さに「うわあ……」「うわ……」とドン引きしまくったのを覚えている。なんとなく、アンネ・フランクたちが隠れ暮らしたという『後ろの家』を思い出したが、さすがにそこまで狭くはなかった。

 

 できたからと言って、ファザコンの父親もさすがに引っ越そうとは言わなかった。祖父も引っ越してこいとは言わなかった。なんのために二世帯住宅は建ったのか、その意義はずっと謎だったが、「物置につかえるな」、とだいぶ経ってから父親が言い出したりして、じっさい、自分の趣味のものをときどき運び込んだり取り出したりしていた。あとになってから、盆や正月に祖父のきょうだいたちが来たりするときに、泊まる部屋になったらしいと聞いた。よかったネ。

 ちなみに、絶対に住まないからなと言い聞かせたとき、祖父は、「〇〇(叔父)が結婚したら住むから」みたいなことも言ったらしい。結婚したら謎の二世帯住宅で義両親と同居確定の四十代男性。叔父の結婚難易度が上がった気がした。

 

 

 父親はキチガイであるのだが、父親を実家に置くと、常識人になるのはなんとも不思議である。結局のところ、父親は、実家においても外面なのかもしれない。自分の家庭を得てようやく、自分の内面をさらけ出すことができたのかもしれない。そうだとしたら、父親はおそらく一生実家を出ることなく暮らすべきだったのだろう。

昔の話「生まれない自由がない」

 親は子どもをえらべないし、子どもは親をえらべない。一見平等だけれども、親は子どもの絶対的な支配者になれること、そして親には生まない自由があることを考えると、生まれない自由がない子どもはなんなのだ。

 

 昨今自己肯定感という言葉が世にあふれているけれども、自己肯定感のあるひとというのはたぶんこの生まれないことをえらべないという不自由に気づかず生きていけるひとだと思う。反抗期に「生んでくれって頼んだ覚えねえよ!」と反射的に言ったことはあるけど、まあ深くは考えていないような。

 それが自己肯定感だ。たぶん。知らんけど。

 

 子どものころ、母親は親切に、父方の祖父が男子をもとめていて、女児の出産に落胆していたことを教えてくれた。父親は言動で、おまえが男であったらよかったのにと示してくれた。そして母親と父親は、子ども心にさえ「このひとたちは結婚するべきではなかった」と思われるほどの、激しい相性の悪さを見せつけてくれた。暴力、愚痴、自殺未遂、離婚のほのめかし、「あんたたちがいるから離婚できないんだから」、繰り返し繰り返し。

 そのあいまの健全な家庭ごっこ。楽しくなくても楽しいふり、しあわせで愛された子どものふり。嘘は咎められるのにこういうときの嘘は受け入れられる。ふしぎ。

 こういう生活で生まれるのは自己否定感というやつだ。演じているから存在を許される。ご機嫌をうかがってやっと呼吸ができる。ふつうの人間のふりをして生きていられる。ひっくり返すとそうでなければ存在を許されないし呼吸はできないし生きていられないということ。

 

 この自己否定感をひっくり返すのはむずかしい。というかできるのかどうかわからない。少なくともわたしはできていない。子どものころからずっと父親と母親は結婚するべきではなかったと思っている。それはわたしが生まれるべきではなかったということとイコールだが、そのとおり。父親と母親が結婚することでしかわたしが生まれないのであれば、生まれるべきではなかったのだ。自己肯定感など育ちようがない。父親と母親が結婚してしまったことが、まずまちがいなのだから。

 

 だから、父親がわたしをいくら殴ってもしょうがない。母親がわたしをどれほどすり減らしてもしょうがない。生まれなければよかったのに、生まれてきてしまったんだから。父親も、母親も、生まれてくるべきではなかったのに生まれてきてしまったんだから。

 唯一の救いは、生まれない自由はなくても、死ぬ自由はあることだろうか。マンションの10階から地面を見下ろしている、小学生のわたしに言ってやりたい。おまえは正しい選択をしている。おびえるな。それでも泣くなら、わたしが投げ落としてやりたい。かわいそうだから。

こもごも「迷惑をかけず、負担をかけず」

 むずかしい。だれの迷惑にも負担にもなりたくないんだけれども、現実はそうもいかない。そもそもなまぽだしな。精神障碍者だしな。むずかしいなあ。

 

 いっこ前の記事はちょっと衝動性が高すぎるけれども、こうやって衝動性がおさまってみても、やっぱり生きるだけの理由が見つからない。死ぬ理由はやまほどある。生活保護をどうして申請してしまったものかと考えたけれどもあれだな、お金がなくて家具だのなんだのの処分ができないし家賃も払えないしという迷惑をかけることがいやだったからだ。うつだったし、生きていたいからという理由ではなかった気がする。

 

 それから、病院に通うようになって、もしかしたら、まともに生きていける道があるのかもしれないと勘違いした。無理だよなあ。ねじれた幹はもう腐り落ちるしかないんだ。すこしずつ、縁を切って、すこしずつ、荷物を処分して、すこしずつ、準備をしていこう。

 生まれてこないほうがその者のためにもよかった、という言葉が身に染みるよ。親は子を選べない、子は親を選べない、そのうえ、生まれるかどうかさえ選べない。気づいたら生まれてて、どうあろうと生きるしかない。そういうのを終わりにしようと思う。

 人間はいずれ死ぬんだから、それがいつだっていいじゃないか。わたしは子どもをつくる予定もないから種としても完璧に存在しなくていいんだ。

 自死は地獄いきとかきくけど、とんでもない、そもそも、死んでも意識が残るだなんて、それこそ地獄じゃないか。わたしは無神論者だから、人間は、生きものは、死んだらただ消えるだけだと信じているよ。そうでなくちゃ死んだ意味がないじゃないか。いやあるか。わたしは遠くに行きたいんだ。すごく遠くに。

 

 しかし、調べてみると毒草は北にあるものが多いんだよなあ。ソクラテスのようにドクニンジンで死んでみたかった。毒草最強と名高いエゾトリカブトを味わってみたかった。北は遠いよ、いろいろと処分したり準備するにも時間がかかるし、そんな気力もないし。

 

 まあ、死ぬとか言ってるけど、やっぱやーめたとかなるかもしれないけど、とりあえず、このアカウントが削除されたら、あいつはしあわせになったんだなと思ってほしいな。しあわせになりたいんだ。もう不幸なのはあきあきだ。疲れたんだよ。それだけなんだ。

うつ「よりよくしぬための努力」

 なんだかもう疲れたなあという気持ちがつよい。生きたい、生きなければならない、そう思うだけの理由がない。一体の死体を無造作にほうり出すという迷惑をかけないために生きているような気がする。

 

 ので、細かく計画を立てている。とりあえず家具・家電類は捨てるか売るかできるだろう。本は漫画がほとんどなので売れるだろう。売れないものは紙ごみにすればいい。PS4は姉が持っていないと言っていたのでのこしてもいいな。炊飯器も妹が貧弱なのをつかっていたので、あげようか。あとは捨てよう、すてよう、すててしまおう。パソコンも姉に託そうかな。

 遺書も必要だ。とくに姉に対して。パソコンのパスワードとかいろいろ。法的に何たらな遺書にはならないとは思うが。これは妹と姪と甥にも必要だろう。姪と甥には遠くに行くよと書いたのと死んだよと書いたのをふたつ用意して、妹にどっちを渡すか決めてもらおう。

 ネットでいろいろとつくったアカウントについては、どうしようかなあ。だいたい削除でいいかな。ここも削除しよう。あまりたのしいことや有用なことが書いてあるじゃなし。

 葬儀については、生活保護なので葬儀費用が出る可能性がある。支払い能力がないということになればね。ないだろう。いちおういくらか置いておかなければ。葬儀社の予約も必要だなあ。人間は一日置かないと火葬できないんだってさ。火葬して、粉骨して、海にでもまいてくれる業者を探して生前予約しておこう。墓に入るなどまっぴらごめん。どうしてみんなあんなせまいところに閉じこもりたがるのか。

 

 ある意味メインの死ぬ方法だけれども、中毒といこう。秋になれば毒草や毒きのこが花盛り。がんばって見つけよう。なるべく吐いたりしないのがいいな。できれば強いのがいい。北海道にいってエゾトリカブトを集められればいちばんいいんだが。

 死ぬ場所は、家だと大家やら不動産会社やらに迷惑がかかるから、外がいいな。できれば死体に慣れているひとのところ。外で死ぬとなると警察のお世話になるだろうから、警察署の近くで、なるべく警察官以外には目につかないところがいい。病院でもいいかなあ。なるべく死体に慣れてないひとには目につかないようにしたいんだよな、とくに子どもとか。

 

 この計画だと、とりあえず秋までには準備を終えてないとならないな。

 断捨離、断捨離。

こもごも「地獄は再生産される、慈悲はない」

 わたしは地元をのがれて(といっても隣県)暮らしているが、どうも地元では地獄が再生産されているらしい。勘弁しろよ。呪われた家系かよ。

 

 先日妹の息子、甥っ子が遊びに来たのだが、言葉のはしばし、行動のあちらこちらに地獄を感じてつらかった。甥っ子はほとんど会ったことのないわたしを、なにをしてやったこともないわたしを、ママとおなじくらい好きだという。ママはやさしいときとそうでないときがあるという。わたしが好きなものを好きになるといい、わたしが嫌いなものは嫌いになるという。なにかを決めようとするたび、わたしの意向をうかがい、気に入る行動をとろうとしている。なにかの拍子に腕をつかんだら、奇妙なほどガサガサした感触がした。

 ああこれはわたしだな、と思った。母が大好きで、それでも苦しかったころのわたしだ。わたしとちがうのは、わたしとちがって甥っ子には、「わたし」がいることだ。わたしがあのころ死ぬほどほしかったけれども手に入れられなかった、事情を知っていて味方になってくれるおとながいることだ。

 感情移入しすぎているかもしれない。わたしは正確な判断ができている自信がない。甥っ子にとってわたしはそれほど重要な人間ではなく、単に子どもの処世術として、わたしにおもねっただけなのかもしれない。けれどそうであってほしいと願うのが、責任逃れのためだという気もしている。

 

 甥っ子の口からじわじわわかってくるのは、祖母(わたしにとっての母)が甥っ子の姉である姪っ子を溺愛し、甥っ子を疎外していること。またやっているのかあのクソ女、という感想。

 母は、わたしと妹に対してもそれをやっていた。妹は溺愛し、わたしは疎外された。わたしと妹は当然不仲になり、妹は当然わがままでなにもできない子どもに育った。そのことを母はわたしに嘆いた。あの子はどうしてああなんだろう。どうしてもっと自分のことを自分でできないんだろう。わたしは思ったし、言った。母さんが甘やかしたからでしょう。いまでもなんでもしてやっているからでしょう。母はさらに嘆いた。そうやってぜんぶ母さんのせいだって言うんでしょう。わたしが悪いんでしょう。わたしが死ねばいいって思っているんでしょう。

 あのころはそんなことはないと否定したけれど、いま思えばそのとおりだと言ってベランダに連れ出してやればよかったなと思う。実家は高層階なので、確実に死ねただろう。

 甥っ子は、おばあちゃんが家に来るくらいなら死ぬ、自殺する、と叫ぶくらいに祖母をきらっているらしい。まだ低学年の子どもなのに。

 

 

 そのほか詳細ははぶくが完全に児相案件であり、通報しても問題ないだけの情報がそろっている。しかし、姉と話し合って通報はとりあえずやめ、妹に通告することにした。児相か育児センターなどに相談をすること。精神科に受診すること。ハウスクリーニングを入れて部屋をいったん片づけること。困ったことがあったなら、かならず相談すること。改善がみられない場合には、通報も視野に入れていること。

 とりあえずわたしにはこれしかできない。

 

 甥っ子がどうしてもわたしの家へ来たいといったので連れてきて、部屋で過ごしているあいだ、あまりにも自分と甥っ子が重なりすぎて、気分が悪くなって部屋でうずくまってイヤホンで音楽を聴いていた。たったふたりしか部屋にいないのに。甥っ子はちらちらとこちらをうかがってくる。甥っ子にとって、もしかしたらわたしが、かつてのわたしが求めていたような、助けてくれるおとななのかもしれないと思うと、おそろしくておそろしくてたまらなかった。わたしにはなにもできないからだ。

 iPadスマホゲーをしながら甥っ子はひっきりなしにしゃべる。かまってほしいのだろう。わたしはずっと黙っていて、気分が落ち着いてからようやく、甥っ子を抱きしめて言い訳をした。いままでずっとつめたく接してしまったけど、それは甥っ子くんが嫌いだからじゃないんだよ。おばさんは病気で、ちょっと具合が悪かっただけなんだよ。甥っ子くんはなにも悪くないんだよ。おばさんはずっと甥っ子くんが大好きだし、ずっと甥っ子くんの味方だよ。甥っ子は「ふうん」と言いながらうれしそうにぺたぺたとくっついてきた。

 

 子どものころ、ほんとうに、ほんとうに、味方がほしかった。おとなに助けてもらいたかった。いままさにそれをするべきときなのに、わたしにはそれができない。貧しくて、弱くて、幼稚で、愚かだから。

 でも、子どものころに、助けてくれるかもしれないと思ったおとなに、「わたしは病気だからできない、ほかのひとに助けてもらって」って言われて生きていけただろうかとか、なんでちかくに住んでる姉じゃなくてわたしに懐くんだとか(レア感があるから?)、ぐちゃぐちゃに考えて、考えて、姉から「しばらくこのことについては考えるな」という通告が出た。しばらくの監視(?)は姉がしてくれる。どうせわたしは県外だから様子をみるなんてことはできないのだ。

 

 妹は加害者かもしれないが被害者でもあって、いろいろと追い詰められているのはたしかだ。だから無理なことはさせたくない。でも、このままだと、姪も甥もわたしたちのように育つだろう。傷だらけの子ども時代から抜け出せずに、幼稚で愚かなおとなになって、過去を引きずって苦しむだろう。わたしは姪にも甥にも、わたしのような人生をぜったいに歩んでもらいたくない。

 でも、甥の一時的な逃げ場所になることさえ負担に感じてしまうわたしでは、どうにもできない。ほかに頼るしかない。とりあえず、妹が、頼るべきところを頼り、相談すべきを相談し、状況を改善してくれることを祈るしかいまのところできることはない。

 

 あと孫世代にまで悪影響を振りまいているクソ女は、頼むから可及的速やかに死んでくれ。わたしが子どものときに殺しておくべきだった。自殺しようとするのを看過すべきだった。母のためにしたすべてのことを後悔している。その労力をすべて、過去を物理的に断ち切るためにつかうべきだった、もうあれは毒というよりは呪いだ。

こもごも「また189に通報をしたはなし」

 夜中一時に子どもの泣き叫ぶ声とおとなの怒鳴る声が聞こえてくるわけだよ。尋常じゃないでしょ。どうもおなじ階のような感じがするので顔を出してみたら、小学生くらいの女の子が玄関あたりにしゃがみこんで「もういやだ、もういやだ」と泣きながら訴えているわけ。おとなのほうはたぶん母親? で、「もう警察に連絡するからね、つれていくからね」みたいなことを言っている。玄関のドアは開け放し。靴が何足か共用廊下に転がってきて、それを拾いに来た男がわたしに気づいて、うるさくしてすみませんねみたいなジェスチャーをして靴をひろってなかに入っていく。子どもはまだ泣いてるし、おとなはまだ怒鳴っている。

 もしかしたら、女の子はなにかものすごくわるいことをしたのかもしれないな。だからお母さんから厳しく叱られているのかも。とか考える。いろいろ考える。でもこわかったので通報した。通報すれば責任を児童相談所のほうに投げられるからね(考え方がクソ)。

 だいたい、男のほう、ぜんぜん見ない顔なんだよな。三年くらい住んでるけど、見かけたことがない。父親ではないかもしれない男。なんだかニュースに出てきそうな家族構成じゃあないか。こわすぎたんだよ。

 

 通報したとき、通報を匿名にするか実名にするかきかれたので、実名にした。なにかあったらもしかしたら連絡がいくかもとのこと。いまのところきていないから、大丈夫だったのかも。よくわからない。

 

 あと、ものすごくいやあなことに、ああいう経験がわたしにもあるんだよなあと思った。わたしの場合は母親ではなくて父親で、殴られたりしていたけど、たぶん周囲にはわかってたんだろうな。泣き叫ぶ子どもがいることが。マンションだったから、それがどこの部屋のだれかまでわかっていたんだろうなって。でも家庭のなかなんてだれにもわからないんだよね。わたしが泣いてても、子どもが泣いてても、ただ単にわがまま言ってるのかもしれない。喧嘩してるだけかも。悪いことして叱られているのかも。そういうふうに考えてみんなはくちを閉ざしていたのかな。

 結局クローゼットのなかの骨というやつで、そとからはどうしようもない。閉鎖されている。それがわたしの持つ家族や家庭のイメージで、たぶん一生変わることがない。家庭の数だけ地獄があるのかもしれない。シュレディンガーの猫とおなじで、開けてみるまでわからない。

 

 昔の自分を外から眺めてるみたいな、不思議な体験だった。そのときは通報しなきゃなってだけでなにも思っていなかったんだけど、どうやらものすごく傷ついた? 苦しい? ことに、時間をおいて気づき始めている。アスペなせいなのか、なるべくものを感じないように生きてきたせいなのか、こういうところが死ぬほどにぶくて、人生に支障がある。生きるのに向いていない。

治療「おくすりがさらに増えました」

 不安感がひどかったので、フィコンパとかいうやつを。診察室で主治医の先生に説明されたとき、「ピコンパ」と聞こえて、ずいぶんかわいらしい名前のくすりだなあと思ったが、薬局でフィコンパだとわかった。2mg。

 主治医はあまり薬を増やしたくない方針らしいので、朝にのんでいるイフェクサー3カプセル(最大量)を減らして行けないかとか考えていたのが連休まえ。

 

 で、漢方薬と朝イフェクサー寝る前フィコンパベルソムラランドセンで3週間過ごしたところ、てきめんに不安感が消え、代わりにうつになったっていう。なにこのもぐらたたきみたいな状態。あっちたたいたらこっちが……みたいなのいらないから。

 ほんとうにやる気が起きないというか、なにもしたくないっていうか、なにもできないみたいな気持ちになる。なにもかも無駄で、なにもかもが死ぬまでの時間つぶしでしかないような気がしてくる。生きていてどうする、どうなる、どうにもならない。

 不安感もイヤだけどうつもキツイ。どうしてこう治らないんだろうな。そろそろまともに働いていた期間よりなまぽ期間のほうが長くなってしまうよ。生きている意味……ねえなあ~!! でも死に場所もねえんだな。元気になりてえな~!!!!!!

 

 令和の肉、食べるの忘れていました。